ゲイズ=まなざし
「例に挙げることができる映画監督は他にもたくさんいますが、私の頭に浮かんだのはウェス・アンダーソンの構築された世界でした。ウェスの場合、物体やセットは感情を持っています。登場人物の感情もあれば、モノの感情もある。私はそれを取り込みたかったのです」(グレタ・ガーウィグ)*2
Letterboxdのインタビューで、グレタ・ガーウィグは『バービー』に影響を与えた無数の映画を楽しそうに挙げている。バービードールを製造するマテル社のオフィスはジャック・タチの『プレイタイム』(67)、ドリームハウスのデザインはジェリー・ルイスの『底抜けもててもてて』(61)、マーゴット・ロビーが演じる“典型的な(ステレオタイプな)”バービーの髪型は、『シェルブールの雨傘』(64)のカトリーヌ・ドヌーヴを想起させる。グレタ・ガーウィグとマーゴット・ロビーは、参照映画の上映会を開いていたという。また、本作のプロデューサーでもあるマーゴット・ロビーは、週に一度全員がピンクの服を着る「ピンクデー」を設けていた。ドリームハウスで開かれるバカ騒ぎのパーティーシーンのように、撮影中の楽し気な雰囲気がダイレクトに画面に反映されている。
グレタ・ガーウィグの参照映画リストの中で個人的に興味深いのは、ティム・バートンが手掛けた『ピーウィーの大冒険』(85)が入っているところだ。先日逝去したポール・ルーベンスの演じたピーウィーもまた、玩具として商品化され子供たちに愛されていたキャラクターだ。ハリウッドや広告業界が提示する“男性らしさ”とは思いっきりかけ離れたピーウィーという存在。ピーウィーの運転する自転車は彼の身体に比べひどく小さく見える。ピーウィーはいつも窮屈そうに自転車を運転していた。
『バービー』©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
マーゴット・ロビー演じるバービーの運転する自動車もまた、彼女の身体に比べ小さ目にできている。子供がバービードールを車に乗せて遊ぶときの“窮屈な感触”をそのまま再現したというデザインが素晴らしい。バービーはドリームハウスの階段を使わない。部屋からそのまま飛び立つように外へ出る。子供がドリームハウスからバービードールをつかむ感触が再現されている。バービーという“モノ”から子供の頃の記憶が召喚されている。グレタ・ガーウィグはオーディエンスの玩具=モノに対する記憶、集合的な記憶のようなものを召喚している。
その意味でケンを演じるライアン・ゴズリングが、本作をアンディ・ウォホールのスープ缶にたとえたインタビューは、とても示唆に富んでいる。ごく当たり前に見えたモノに別の価値が与えられるような感覚。ハリウッドや広告業界が大量生産してきた“女性らしさ”や“男性らしさ”。もっと卑近な例でいえば、インスタグラムの切り取られた世界と現実の生活の間にあるもの。そういった“イメージ”の作用を疑う視線が、『バービー』の至るところに施されている。バービーは男性の視線を必要とせずに存在している。しかしケンはバービー=女性のまなざし抜きには存在できない。