1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ヒッチコックの映画術
  4. 『ヒッチコックの映画術』サスペンスの神様、かく語りき
『ヒッチコックの映画術』サスペンスの神様、かく語りき

© Hitchcock Ltd 2022

『ヒッチコックの映画術』サスペンスの神様、かく語りき

PAGES


内面を探求する旅



 『ヒッチコックの映画術』は、全6章から成っている。


 第1章は<逃避 Escape>。現実から空想の世界へと<逃避>し、イギリスからアメリカへと<逃避>した映画監督は、具体的にどのようなアプローチでその主題を描いてきたのか。またヒッチコックは、真の<逃避>とは映画の主人公が逃げることではなく、展開を予測できる撮り方を避け、常に新しい表現にチャレンジし続けてきた彼の映画術そのものだと語る。


 第2章は<欲望 Desire>。ヒッチコックはフィルモグラフィーの最初期から、<欲望>という名の快楽を描き続けてきた。それは恋愛というロマンティックな形で現れる時もあれば、殺人という暗い欲望として現れる時もある。いや、むしろヒッチコック映画の真骨頂と言っていいかもしれない。第3章は<孤独 Loneliness>。考えてみれば、暗闇の中でスクリーンに映し出される映像を凝視するという、映画鑑賞という行為自体が極めて<孤独>な営みだ。映像に登場する<孤独>な男と<孤独>な女、彼らをカメラに収めるヒッチコックの内実。


 第4章は<時間 Time>。「時は伸縮自在で人を欺く」と喝破するヒッチコックは、<時間>操作の達人だった。不意打ちで恐怖を描けば観客にショックを与えられるし、<時間>に制限をかけることでサスペンスを生み出すこともできる。演出術の根幹と言えるだろう。第5章は<充実 Fulfillment>。幸福とはほろ酔いのようなもので、一瞬のものにしか過ぎない。だがそれでもヒッチコックは、映画という視覚芸術を使って、観客に充足感を味合わせることを至上の喜びとした。映画作家としての矜持が、そこにある。


 最終章となる第6章は、<高さ Height>。高所恐怖症をモチーフにした『めまい』(58)を筆頭に、クレーンを上げたり、カメラを高い位置にセットしたり、テクニックを駆使してヒッチコックは高低差を映し出す。そして丹精込めて作られた作品を、我々観客は映画館で高みの見物と洒落込む。映画における<高さ>と、鑑賞者の視点としての<高さ>が語られる。



『ヒッチコックの映画術』© Hitchcock Ltd 2022


 6つのチャプターを並べてみると、『ヒッチコックの映画術』の切り口は全てが斬新という訳ではない。<欲望>や<時間>は、これまでの研究書でも取り上げられてきたテーマだ。だが興味深いのは、<孤独>や<充実>など、卓越したテクニックというよりは、心理学的アプローチからその実体に迫っていく主題も取り扱っていること。<時間>というテーマでさえも、ヒッチコックが晩年に取り付けたペースメーカーになぞらえている。


 本作は、偉大なるフィルムメーカーを知るために最適な入門編であり、その足跡を新たな視点から捉え直すマニア垂涎のドキュメンタリーであり、そしてアルフレッド・ヒッチコックという男の内面を探求する旅でもあるのだ。


 このドキュメンタリーは、遺作『ファミリー・プロット』(76)で主人公ブランチがウインクするラストショットを引用して幕を閉じる。それは、サスペンスの神様から我々映画ファンへの最後のウインクでもあった。ヒッチコックは(いや、ヒッチコックによく似たその声は)、それを「ペテン師のウインク」と呼ぶ。その洒落っ気、諧謔精神は、この映画を締めくくるにふさわしい。



(*1)https://whynow.co.uk/read/mark-cousins-on-his-documentary-my-name-is-alfred-hitchcock

(*2)https://www.irishtimes.com/culture/film/review/2023/07/21/my-name-is-alfred-hitchcock-a-rigorous-commentary-for-hitch-enthusiasts-and-a-useful-primer-for-newcomers/



文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。



『ヒッチコックの映画術』を今すぐ予約する↓




作品情報を見る



『ヒッチコックの映画術』

9月29日(金)新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA、角川シネマ有楽町ほか全国公開

配給:シンカ

© Hitchcock Ltd 2022

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ヒッチコックの映画術
  4. 『ヒッチコックの映画術』サスペンスの神様、かく語りき