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『アンダーカレント』紺碧の宇宙をたゆたう、静謐な死

©豊田徹也/講談社 ©2023 「アンダーカレント」製作委員会

『アンダーカレント』紺碧の宇宙をたゆたう、静謐な死

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抑制された演出、唐突なブラックアウトの編集



 劇的な場面を、できるだけ劇的に演出しないこと。これまでも今泉力哉監督は過剰な表現を避けてきたように思われるが、『アンダーカレント』でもそのタッチは息づいている。例えば、かなえが堀に「死にたいと思ったことありませんか?」と尋ねられる場面。そのときカメラは、かなえを真正面ではなく斜め後ろから捉える。質問に戸惑っている様子は窺えるが、彼女の表情の変化は分からない。今泉監督は、絵がドラマティックに高揚するであろうクローズアップを、あえて選択しないのだ。まるで<死>について考えることは、何気ない日々の延長線上にあるかのように。


 もしくは、布団に横たわっているかなえが、堀にあるお願いをする場面。この時もカメラは2人の姿を中央に配置して、スタティックな構図を維持している。彼女の感情が最も溢れ出しているであろうシーンでさえ、演出は抑制されている。それはおそらく、かなえの孤独や、哀しみや、寂しさを、非日常として切り取るのではなく、ささやかな日常の営みのなかで昇華させようとしているからではないか。筆者は、できるだけ今泉力哉監督が、かなえに、堀に、寄り添おうとしているように感じられた。



『アンダーカレント』 ©豊田徹也/講談社 ©2023 「アンダーカレント」製作委員会


 だが、時折はっと目を見張る場面もある。廃業した銭湯のバーナーを譲り受けようと、車を運転する帰りに2人が湖畔に佇むシーン。中央奥にいるかなえと堀を、カメラが湖を滑るように近づいていく。聞こえてくる無機質なピアノの音。現実から乖離して、夢の中に包まれているかのような感覚。徹底的に日常のディテールを描きこむ今泉監督だからこそ、このような幻想的風景が際立つ。


 そのシーンの直後、「昔からよく見る夢」についてかなえが語る場面も素晴らしい。街灯やトンネルの明かりが車中の彼女をほのかにオレンジ色に染め、トラックの緩やかな振動が心地よいリズムを生み出す。やがて「堀さん、私のこと好き?」と彼女が尋ねると、カメラは運転席へと横パンして、あらゆる感情を押し殺したかのような表情の堀のバストショットになる。暗転。


 そう、『アンダーカレント』でもう一つ特筆すべきは、唐突なブラックアウトで場面転換していく編集だろう。観客のなかに生まれたエモーションを毎回強制リセットさせてしまう、独特の呼吸。登場人物が心の澱を吐き出した瞬間に、映画は次の物語を起動させる。このエディット感覚は、これまでの今泉作品にはなかったものだ。


 音楽を担当した細野晴臣は、劇伴を再構築したアルバムのリリースにあたって、「静けさと激しさが同居した映画」というコメントを寄せている。相反する感情を分離して配置するのではなく、一つのグラデーションとして描く。それを見事に具現化してしまった今泉監督の演出術に、我々は畏敬の念を抱くのみだ。



文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。



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作品情報を見る



『アンダーカレント』

10月6日(金) 全国公開

配給:KADOKAWA

 ©豊田徹也/講談社 ©2023 「アンダーカレント」製作委員会

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