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『アンダーカレント』紺碧の宇宙をたゆたう、静謐な死

©豊田徹也/講談社 ©2023 「アンダーカレント」製作委員会

『アンダーカレント』紺碧の宇宙をたゆたう、静謐な死

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『アンダーカレント』あらすじ

銭湯の女主人・かなえは、夫・悟が突然失踪し途方に暮れる。なんとか銭湯を再開すると、堀と名乗る謎の男が「働きたい」とやってきて、住み込みで働くことになり、二人の不思議な共同生活が始まる。一方、友人・菅野に紹介された胡散臭い探偵・山崎と悟の行方を探すことになったかなえは、夫の知られざる事実を次々と知ることに。悟、堀、そして、かなえ自身も心の底に沈めていた想いが、徐々に浮かび上がってくるー。


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Weeki Wachee spring, Florida, 1947



 ジャズ・ピアニストのビル・エヴァンス、ギタリストのジム・ホールが共作した1962年のアルバム『Undercurrent』を、繰り返し、繰り返し聴いていた時期があった。一方がメロディーラインを弾けば一方がバッキングに徹し、音の一つ一つに陰影を付けていく。クールで思索的なインタープレイは、深淵で神々しかった。


 そして、アメリカ人写真家トニー・フリーゼルの「Weeki Wachee spring, Florida, 1947」という写真を使用した、鮮烈な印象を残すジャケット・デザイン。白いロングドレスに身を包んだ女性が、澄んだ湖底に漂うモノクロ・ショット。その顔は水面に隠れ、生きているのか、それとも死んでいるのかも分からない。えも言われぬ不穏さをたたえつつ、名状しがたい神性も感じさせる。筆者はこのジャケットに、宿命的なまでに心惹かれてしまった。


ビル・エヴァンス、ジム・ホール「my funny valentine」


 おそらく漫画家の豊田徹也も、『Undercurrent』に魅せられた1人だろう。彼は2004年からおよそ1年間にわたって、そのタイトルもズバリ『アンダーカレント』と言う作品を月刊アフタヌーン(講談社)に連載。その表紙には、紺碧の宇宙にゆっくりと沈んでいく女性が描かれている。明白なまでのオマージュだ。


 物語の主人公は、実家の「月乃湯」を継いだ女性・関口かなえ。夫はある日突然失踪してしまい、途方に暮れつつも必死に銭湯を切り盛りしている。やがて堀と名乗る男が住み込みで働き始め、かなえは彼と同じ屋根の下で暮らすことに。そんなある日、山崎という探偵に夫の捜索を依頼した彼女は、予想もしていなかった事実に直面するーーー。


『アンダーカレント』特報


 この作品は、2009年にパリで開催されたジャパンエキスポで「第3回ACBDアジア賞」を受賞。2010年には、アングレーム国際漫画祭のオフィシャルセレクションに選出され、2020年には、フランスの放送局が発表した「2000年以降の絶対に読むべき漫画100選」の3位にランクイン。国内はもとより、ヨーロッパで高い評価を得る。そして刊行されてから20年の時を経て、主演:真木よう子、監督:今泉力哉、音楽:細野晴臣という鉄壁のトライアングルで、実写映画化されるに至った。


 映画『アンダーカレント』(23)のティザー・ビジュアルには、漫画の表紙と同じく、紺碧の宇宙をたゆたう真木よう子の姿が収められている。トニー・フリーゼルが76年前に撮った一枚の写真は、歴史的ジャズ・デュオ・アルバムのジャケットとなり、カルト的人気を誇る漫画のインスパイア元となり、そして実写映画となったのである。





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