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『青いパパイヤの香り』睡蓮鉢の中の小さなベトナム

(c)Photofest / Getty Images

『青いパパイヤの香り』睡蓮鉢の中の小さなベトナム

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仏教の像が意味するもの



 そんなムイに、大きな変化が訪れる。あの憧れのクェンのもとで奉公ができるという、信じ難い運命が巡ってくるのである。クェンはフランスへの留学を経て音楽家となっていて、派手な身なりの婚約者を連れていた。しかし、彼は次第にムイに惹かれていき、騒動の末に、ムイはクェンのパートナーの座を手に入れるのである。


 ムイは忙しい日々から解放され、字を習い、本をゆっくりと読める時間を得る。ここで、無口だった彼女は、美しい声で言葉を発することになる。一度失った、自分を表現する機会が、また巡ってきたのである。そのようにとらえれば本作は、声を失った女性が、それを取り戻すまでの物語だと理解することができる。そして、もう一度姿を表す青パパイヤの種は、彼女の懐妊を予感させる暗示として機能している。



『青いパパイヤの香り』(c)Photofest / Getty Images


 もう一つ注目するべきは、ラストカットで映る仏教の像であろう。この演出は、ジャン・ルノワール監督の映画『ゲームの規則』(39)で、オリエンタルな空気を醸し出していた像を連想させるものであり、東洋と西洋を繋ぐトラン・アン・ユン監督の作品に相応しいモチーフであるといえる。


 物語上では、この仏教の像は、ムイという一人の女性に、宗教上の御利益が与えられたことを示しているように思える。思えば、10年間ムイが奉公していた旧家の主人の妻は、自分の娘を失って以来、その遺影を仏壇に飾り、義母とともに供養を祈っていた。そんな妻は、ムイを密かに自分の娘のように思い、家を離れるときには、娘にあげようとしていた貴金属とアオザイを渡していたのだ。


 このように考えれば、ムイにとって少々都合が良いと感じられる終盤の物語の展開が、旧家から失われていった幸福が最終的に娘代わりのムイに与えられるようになったのだと、納得することができる。それが、婚約者の女性の心を破壊する略奪愛というかたちだったのが、本作の後味をいささか苦いものにしてはいる。しかしその苦味こそが、実際にパパイヤを食べたときに感じる、独特の味わいに近いものだといえるのかもしれない。



文:小野寺系

映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。

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