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『ヒットマン』恋に落ちた大学教授、恋にもがく偽の殺し屋

© 2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

『ヒットマン』恋に落ちた大学教授、恋にもがく偽の殺し屋

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ゲイリー・ジョンソン=クラーク・ケント



 グレン・パウエルは出演だけではなく、リチャード・リンクレイターと共同で脚本も務めている。思い返してみれば『ビフォア・ミッドナイト』(13)でも、ジェシー役のイーサン・ホーク、セリーヌ役のジュリー・デルピーが脚本家として名を連ねていた。その役を生きる俳優と一緒にセリフを編み出すことで、リンクレイター映画は活き活きとキャラクターが躍動する。リチャード・リンクレイターのコメントを引用してみよう。


「最初は僕が脚本・監督を務めて、彼は俳優として一緒に映画を作ろう、という感じだった。でもパンデミックになって、僕たちは電話で仕事をするようになった。僕は図書館にいて、彼は家族と一緒だったり、仕事で出張中だったりしてね。僕たちはとにかく話して、話しまくった。そしてある時、こう言ったんだ。僕たちはすでに一緒に取り組んでいる。僕は君にページを送るから、君はそれを僕に送り返してくれないかとね。自然な感じだったよ」(*5)


 だがゲイリー・ジョンソンは、執筆するにはあまりにも一筋縄ではいかない人物だった。彼はクライアントに合わせて、次々にペルソナを変えていく。威風堂々たるタフガイ、物静かなインテリ・タイプ、狂気を内に秘めたサイコキャラと、演じる殺し屋は多種多様。俳優とは、演じる役柄に没頭すればするほど自己同一性との乖離が生じてしまう奇特な職業だが、その役柄自体が自己同一性を欠いているという、二重のアイデンティティ・クライシスが生じている。



『ヒットマン』© 2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED


 さらにややこしいことに、自分が愛する女性(=マディソン)は、本当の自分ではない別の自分に恋してる。彼女の前では、常に虚像としての自分…スマートでワイルドなヒットマンでいなければならない。リンクレイターの喉越し良いストーリーテリングで覆い隠されているが、実はかなり倒錯した物語なのだ。これ、どこかで見たような設定だなと思っていたのだが、見終わってから気が付いた。完全にスーパーマンの構造なのである。


 ふだんは2匹の猫と静かに暮らしている内気な大学教授ゲイリーが、メガネを外した瞬間に腕利きヒットマンになるという設定は、ふだんはデイリー・プラネット社に勤務する地味な新聞記者のクラーク・ケントが、メガネを取り去った瞬間にスーパーマンになるのと一緒。密かに恋心を抱いている同僚のロイス・レーンが、スーパーマンばかりに夢中で、クラーク・ケントとしての自分にはまるでアウト・オブ・眼中なのも、よく似ている(『ヒットマン』の場合、マディソンは本当のゲイリーの存在自体を知らない訳だが)。


 リチャード・ドナーが監督した『スーパーマン』(78)では、ロイス・レインを死の淵から救い出すために、地球を逆回転させて時間を戻すという、歴史改変に干渉していた。そして『ヒットマン』では、窮地に陥ったマディソンを救い出すために、ゲイリーは非倫理的・非道徳的行動にうってでる。愛する女性のために、特殊能力を有した男たちは、超えてはならない最後の一線を乗り越えてしまうのだ。


 リチャード・リンクレイターとグレン・パウエルは、とびっきりのユーモアと情熱的なラブ・ロマンスを注ぎ込んで、ゲイリー・ジョンソンの実人生を再構築してみせる。まるで『スーパーマン』のような構造を用いて。その結果、アンチモラルでありつつエモーショナルな破壊力を備えた、超ゴキゲンな映画が爆誕した。“事実を緩める”ことでこんなに楽しい作品が作れるなら、いくらでも緩めてほしい。僕らがスクリーンで目撃したいのは、いつだって痛快無比なエンターテインメントだ。


(*1)(*2)https://www.youtube.com/watch?v=fypmByN2ebg

(*3)(*4)(*5)https://deadline.com/2023/09/richard-linklater-hit-man-interview-venice-1235536466/



文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。



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