2024.10.22
俳優出身の監督がとらえた名優の演技
最初はこの映画への出演を断った、というマイケル・ケイン。しかし、戦後の人種を越えた共感が描かれた脚本であり、そして、ジャクソンとの夫婦愛を描いた作品ということで出演を決意したようだ。
まず、この映画で注目してほしいのが、最初のショットである。そこには主人公のバーニーがいて、彼は海を見つめている。その海の向こうには、かつて自身も戦ったフランスのノルマンディがあり、老いた彼は異国につながる海を見ることで過去への思いも募らせる。
マイケル・ケインが立っていて、セリフもない場面だが、彼の内側にある深い思いが顔に集約されていて、その表情の何とも言えない深さに胸を打たれる。これが70年間近く、第一線で演技を続けてきた俳優のすごさだろうか。特にスクリーンで見ると、90歳近いケインの顔が持つ大木の年輪のようなものに理屈ぬきでひきつけられる。
俳優としては軽妙で洒脱なユーモアを持つ人で、同じ英国のベテラン俳優でもアンソニー・ホプキンスのように重厚な演劇型の俳優ではないが、それでも、この映画の彼からは90年近く生き抜いた人間の重みがズシリと伝わる。
ジャクソンの方も最初の登場場面が印象的。メイクをしないと人前に出ない、という設定で、一緒に暮らす夫の前にも化粧の後に出てくる。80代後半のジャクソンには、かつての颯爽とした雰囲気はないが、セリフを話していると、タフで、ちょっとオフビートなユーモアもある彼女の魅力がよみがえってくる。
『2度目のはなればなれ』©2023 Pathe Movies. ALL RIGHTS RESERVED.
今回の映画はホームを抜け出すケインの方が“動”の演技で、ホームに留まるジャクソンは“静”の演技。彼女は夫をホームで待つだけ、という設定だが、それでも随所に彼女の快活な魅力が感じられる(踊りの場面も用意されている)。
オリバー・パーカーは、かつて俳優としてクライブ・バーカー監督の『ヘルレイザー』シリーズ(87~88)などに出演していた。筆者は彼の舞台を80年代にロンドンで見たことがある。ゲイリー・オールドマンが『プリック・アップ』(87、スティーヴン・フリアーズ監督)で演じていた実在の劇作家、ジョー・オートン役に舞台で扮していた。ソーホーにあるアンダーグラウンドっぽい劇場で上演されていて、舞台は好評だったが、若き日のパーカーのオートン像にはオールドマンとは違う個性があった(オールドマンより爽快な感じだった)。
その後、演出家に転じて、『オセロ』(95)や『聖トリニアンズ女学院』シリーズ(07~09、DVDのみの公開)、『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』(11)、『シンクロ・ダンディーズ!』(18)等も手がけてきた。『オセロ』は自分で悪役イアーゴを演じるつもりだったが、演出と演技の両方をこなすのは大変なので演出だけに集中し、ケネス・ブラナーにイアーゴを演じてもらった、と言っていた。
その後は監督が本業となったが、もともとは演技者なので、俳優のいい部分を引き出すのは得意に思える。ブラック・コメディの『聖トリニアンズ女学院』には女装したルパート・エヴェレットとコリン・ファースの、あっと驚くラブシーンがあって笑ってしまった。そんな大胆な場面も手がけできたパーカーは、今回、マイケル・ケインから最後の味のある名演を引き出し、ジャクソンの快活な演技も彼女のこの遺作に刻み込んだ。
英国は今も昔も俳優の宝庫で、新旧ともに多くの名優たちを輩出してきた。そんな中でもトップクラスのふたりが老夫婦を演じることで、老いても枯れることのない情熱や演技の奥深さ、人間としての痛みや優しさを感じ取れる。また、ふたりの演技のすごさだけではなく、それぞれが若い黒人の介護士たちを励まし、温かく見守る場面を通じて、未来へのポジティブなメッセージが伝わる点も心地いい。
文:大森さわこ
映画評論家、ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウェブ連載を大幅に加筆し、新原稿も多く加えた取材本「ミニシアター再訪 都市と映画の物語 1981-2023」(アルテスパブリッシング)を24年5月に刊行。東京の老舗ミニシアターの40年間の歴史を追った600ページの大作。
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配給:東和ピクチャーズ
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