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  4. 『ハンナとその姉妹』人生は無意味である。それは人間が到達した究極の結論である。
『ハンナとその姉妹』人生は無意味である。それは人間が到達した究極の結論である。

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年を重ねることで熟成されていく世界



 『ハンナとその姉妹』(86)を久しぶりに見直し、その“深さ”が胸の奥にズンとこたえた。


 舞台はニューヨークの裕福な地域、マンハッタン。そこで暮らす3人姉妹の恋と結婚をめぐる物語。ジャジーな音楽に導かれ、洗練されたレストラン、クラブ、書店、建物を見ながら、ニューヨークに行った気分に浸れる。ファッション誌が取り上げそうな“おしゃれなニューヨーク”カタログ……。


 しかし、よくよく見ると、それは表面的な要素でしかない。ウディ・アレン映画の本質ともいえる性や死のあり方、神との対話といったテーマが根底にあって、人間が年を取ることの残酷な意味も読み取れる。


 といっても、コメディタッチになっているので、そうした重いテーマも笑いをまぶして描写される。そこにウディ・アレンというアーティストのマジックがある。



 初めて公開されたのは、日本がバブル経済で浮かれ始めていた1987年。洗練されたラブストーリーとして、東京の劇場(銀座のニュー東宝シネマ2で5週間の公開)では話題を呼んでいた。ニューヨークという街が、当時は本当に輝いて見えて、そのシンボル的な監督のひとりがウディ・アレンだった。 


 しかし、21世紀に入り、9・11の事件が起きるとニューヨークという街は傷を背負った。そして、ウディ・アレン自身もミア・ファローの養女ディランへの性的虐待事件が問題視され、映画界での立場が悪化した。


 いまは封切時のように無垢な気持ちでアレン映画に接することがむずかしくなったが、それでも、作品そのものは山のようにしっかり立っている。


 この映画が公開された年にアレンは51歳となり、すでに人生の後半期に入っていた。『ハンナとその姉妹』を再見すると、年を重ねることで熟成されつつあった彼の世界観が見えてくる。



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