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『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』軽妙な“お洒落映画”に沈殿した、ひとさじの毒

『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』軽妙な“お洒落映画”に沈殿した、ひとさじの毒


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作品と作り手の関係性について



 ウディ・アレン監督の最新作『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(19)は、長らく公開が見送られていた映画だ。映画プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインのセクハラ行為に端を発する「#MeToo」運動の過熱により、アレン監督の過去のスキャンダルが再び問題となったためである。


 元々アレン監督と配給のアマゾン・スタジオは複数本の契約を結んでおり、本作もその1本だった。しかし、くだんの事件によって契約は破棄。『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』のキャストがギャラを全額寄付したり、続々と「出演したことを後悔している」と告白したり、或いは過去にアレン監督と関わった人々が批判・擁護する声明を出したり、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。その後、本作はお蔵入り状態になり、昨年の夏ごろから各国で静かに公開され始め、ついに日本にも到着したのだ。



 アレン監督しかり、ロマン・ポランスキー監督しかり、或いはジョン・ラセター監督やジェームズ・ガン監督しかり、作り手と作品の因果関係については、なかなか議論が難しいところだ。これは映画に限った話ではなく、美術でも音楽でも演劇でも、あらゆる芸術の現場で起きていることでもあるから、非常に根が深い。「作品と作り手は切り離してもいいのではないか?」という意見もあるだろうし、そうではない、とする意見もあるだろう。


 例えばパブロ・ピカソは不倫や家庭内暴力を起こしていたとされているし、亡くなった芸術家たちに対してどう受け止めるのか、どこまで広げて考えるのか?という問題もある。コンプライアンスが叫ばれる今だからこそ、クリエイターの社会的責任は厳しく追及されてしかるべきなのかもしれない。だが、今回はその問題についてはこの辺りでとどめ、まずは純粋に作品のみの話をしていこうと思う。


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