キャスティングのマジック
アレンの映画には自分の分身的なキャラクターが登場することが多い。『ハンナとその姉妹』では妻の妹に恋をするエリオットも、そんなアレン的な人物のひとりで、この役を演じたマイケル・ケインはアカデミー助演男優賞を手にしている。どこかいかがわしいところもありながら、愛すべき人物にも見えるエリオットは、ケインのハマリ役だ。
ところが、今年、出版されて全米で反響を呼び、ベストセラーとなっていたアレンの自伝“Apropos of Nothing”(Arcade刊)の中で、このキャスティングについて、アレンは驚愕のエピソードを披露している。
「『ハンナとその姉妹』の男性の主人公はアメリカ人を想定してシナリオを書いた。そして、ジャック・ニコルソンがこの役の候補だった。彼はすごくやりたがっていたが、一方、アンジェリカ・ヒューストンとの企画が進んでいた。彼女の父親であるジョン・ヒューストンが『女と男の名誉』(85)を作ろうとしていた。彼は『ハンナ~』よりも、そちらをとらざるをえない状況だった」
『女と男の名誉』予告
アンジェリカはニコルソンの長年の恋人で、アメリカの名監督ジョンは、俳優でもあり、ニコルソンと『チャイナタウン』(74)で共演していた。そんな“家族の事情”ゆえ、ニコルソンは『ハンナとその姉妹』ではなく、『女と男の名誉』をとってしまった……。
「結局、僕はニコルソンと組む機会を失ってしまい、マイケル・ケインが出演することになった。本当はあの役に英国人を起用するのは気が進まなかった。とはいえ、ケインのようにすごい男優と組めるのだから、アメリカ人という設定の変更も仕方がないと思った。結局、ニコルソンはその年のオスカーでは主演男優賞を、マイケル・ケインとダイアン・ウィーストが『ハンナ~』で助演男優賞と助演女優賞を手にしている」
以上の記述はアレンの原文通りに訳したが、ここはアレンの“空想上”のオスカー受賞となっている。ケインとウィーストは確かにオスカーを受賞しているが、ニコルソンはその年は受賞していないからだ。『女と男の名誉』の公開は前年の85年で、ニコルソンは主演男優賞のノミネートのみ。そのかわり、アンジェリカ・ヒューストンが助演女優賞を受賞している(オスカーにまるで興味がないことで知られるアレンらしい勘違いがほほえましい)。ニコルソンとアレンのコンビ作は、結局、その後も実現していないが、そのかわりアンジェリカ・ヒューストンはアレンの2作(『重罪と軽罪』、『マンハッタン殺人ミステリー』(93))に出演して強烈な存在感を見せている。