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“バットマン”という言葉を削り落とした“バットマン映画”
『ダークナイト』(2008)という映画は、さまざまな意味でエポックメイキングだった。アメコミヒーロー映画の興行収入が10億ドルを超えたことも初めてなら、アメコミの悪役がアカデミー賞にノミネートされたのも初めて。しかもジョーカーを演じたヒース・レジャーはみごと受賞を果たしたのだ。
またクリストファー・ノーラン監督は『ダークナイト』の成功によって、ハリウッド大作なのにほぼ100%の作家主義を貫くというほとんどフリーハンドの自由を得た。『ダークナイト』がなければ後のマーヴェルの躍進もなく、現在のハリウッドの勢力図も大きく変わっていたに違いない。
では『ダークナイト』は何がそれまでの映画と、とりわけアメコミヒーロー映画と違っていたのか? 一番わかりやすいのはノーランの前々作『バットマン ビギンズ』(2005)との比較だろう。
まず『ダークナイト』は“バットマン”映画でありながら、タイトルに“バットマン”が付いていない。『バットマン ビギンズ』はバットマンの誕生篇という内容をダイレクトに表していて、直訳すると「バットマンのはじまり」である。90年代にティム・バートンが撮った時もその後ジョエル・シュマッカーが引き継いだ時もタイトルには“バットマン”が付いていた。誰が疑問に思うこともない当たり前のことである。
ところがノーランは、自らリブートした新たなシリーズからヒーローの名前を削り落としたのだ。もちろん“ダークナイト”は1940年からDCコミックにおいてバットマンにつけられたニックネームであり、原作にリアリズムを持ち込んだフランク・ミラーが1986年に発表したグラフィックノベルのタイトルも『バットマン:ダーク・ナイト・リターンズ』。バットマンの異名としては最も有名なものなのだ。しかし「ウルトラマン」シリーズのタイトルから「ウルトラマン」という言葉を削除することがないように、ワーナーブラザーズにとって勇気のいる決断だっただろう。
いずれにせよ、『ダークナイト』というタイトルはバットマンの物語でありながら過去の「バットマン」映画への訣別の証のようなものだと言える。実際、『バットマン ビギンズ』のゴッサムシティは、まだアメコミらしさを反映していて、近未来と過去が同居する煌びやかなダークファンタジーの街だ。そのゴッサムシティも『ダークナイト』において、まったく違うアプローチで変貌を遂げることになる。