『ダークナイト』のゴッサムシティがほぼ100%シカゴの理由
さて、ここで明らかにしたいのは、ノーランが『ダークナイト』において、いかにしてゴッサムシティという街にアプローチしたか、という検証である。『ダークナイト』も『バットマン ビギンズ』もシカゴをメインにロケが行われているのだが、『ダークナイト』で大きく変わったのは、ノーランがゴッサムシティをほとんどまるごと“シカゴ”として描いていることである。
ゴッサムシティという名前は、そもそも「バットマン」の原作者ビル・フィンガーが付けたもの。ニューヨークをモデルにしてはいたが、舞台をニューヨークと明言してしまうより、誰もが自分の街のことのように感じてもらえるように架空の街の名前を探していたのだという。そしてたまたまニューヨーク市の電話帳に載っていた店名から“ゴッサム・シティ”と名付けたのだ。
しかし“ゴッサム”は19世紀初めからニューヨークのニックネームでもあり、おのずと原作のゴッサムシティはニューヨークのイメージをまとうことになった(DCコミックの世界ではニューヨークの隣州ニュージャージーにあることになっているが)。
『ダークナイト』©2014 Warner Bros. Entertainment Inc.
ノーランが『ダークナイト』のリアル路線のために、ゴッサムシティをいかに現実のシカゴにそのまま当てはめようとしたかは、シカゴの繁華街を散歩すれば5分と経たずにわかる。シカゴは摩天楼発祥の地として知られ、新旧の高層建築がひしめき合っているのだが、右を向いても左を向いても『ダークナイト』のロケ地に遭遇するのだ。まるで建築の街シカゴの名所めぐりである。
例えば冒頭の銀行強盗のシーンは『アンタッチャブル』(1987)の階段のシーンで有名なシカゴのユニオン駅にほど近い巨大な元郵便局のビルが使われている。しかも強盗に向かうジョーカーが仲間の車の迎えを待っている交差点は、ロケ地でいえばわずかに300mほどしか離れておらず、しかも同じ通りに位置している。強盗前の待ち合わせにはベストスポットと言えるだろう。
もちろん各シーンのロケ場所が集中していることは撮影隊の移動の時間が短くて済むという現実的な利点もある。しかし驚くべきは、シカゴのダウンタウンというアメリカでも広く知られた街の姿を、ノーランが特に加工や粉飾をすることなく、ほぼそのままに映し出していること。シカゴという街の持つ硬質な佇まいやエネルギーが、そのまま『ダークナイト』のリアリズムと説得力に直結しているのだ。
ノーランのこのアプローチは実は『ダークナイト』一回限りで放棄される。三部作の完結編『ダークナイト ライジング』では主にピッツバーグがロケ地となったが、ニューヨークやロサンゼルスなどほかの街の風景も組み合わせて架空のゴッサムシティを創り出している。ノーランが「ダークナイト三部作」で現実路線を貫いたことは確かだが、ゴッサムシティ=シカゴと言えるほどに現実とリンクしたのは、まるで実録犯罪映画のような趣を湛えたアメコミ映画の特異点『ダークナイト』だけのことだったのである。