(C) 2011 Karla Films Ltd - Paradis Films sarl - Kinowelt Filmproduktion GmbH. All rights reserved. Photos: Jack ENGLISH (C)2010 STUDIOCANAL SA. All rights reserved.
実際のスパイ事件が『裏切りのサーカス』に与えた影響とは?
頭脳戦でとことん相手を追い詰める老スパイ
そんな彼が多くの著作に登場させているおなじみの初老スパイがいる。彼の名前こそジョージ・スマイリー。ジェームズ・ボンドやイーサン・ハントのようなド派手なアクションとは無縁だし、ハリー・パーマーのような皮肉屋でスカしたところもない。得意技といえば、極秘ファイルと執念深く向き合い、窓の外を眺めながら記憶と思考を巡らすこと。いざ尋問となれば、ターゲットに対し的確に、そして容赦なく問いを突きつける。かといって完全無欠なわけではなく、妻との関係にいつも心を悩ませ続ける人間臭さも併せ持つ。
『裏切りのサーカス』(原作は「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」ハヤカワ文庫)にて主演のゲイリー・オールドマンが演じるのも、やはりこのスマイリー。本作の内容を端的に言うと、ずばり、英国中枢に潜り込んだ二重スパイ“もぐら”探しだ。裏切り者をあぶり出すべく、一度は引退した身の老スパイ、ジョージ・スマイリーが組織に呼び戻され、秘密裏に捜査を繰り広げつつ、周到な罠を仕掛けていくのである。
『裏切りのサーカス』(C) 2011 Karla Films Ltd - Paradis Films sarl - Kinowelt Filmproduktion GmbH. All rights reserved. Photos: Jack ENGLISH (C)2010 STUDIOCANAL SA. All rights reserved.
まずもって断っておくと、本作はすぐさま人のハートをがっちり掴むような作品ではない。130分という長尺の中でやたら多くの人名やコードネームや作戦名が飛び交った上に、時制も過去と現在が頻繁に行き来するので、観る者が多少なりとも混乱してしまうのは否めない。それでいて全体的な語り口はハラハラドキドキとは真逆の、かつて有名誌で「雪が降るようなスピード」と評されたほどのスローなテンポ。睡眠不足だったり、お疲れモードだったりすると、鑑賞中にふっと眠気に襲われてしまうこともあるかもしれない。
だが、心配ご無用。この映画はむしろ二度目、三度目が勝負なのだ。鑑賞回数を増やすことで確実に中毒性は増し、これまで見えてなかった景色が見えるようになる。緻密に織り込まれた伏線や、役者たちの抑制された演技やキャラクターの胸の内、それから芳醇という言葉がふさわしい熟成された湿り気のある空気にどんどん魅了されていくこと請け合いだ。その意味では完全に「蔵人好み」の映画と言える。