
© DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVED. © Universal Pictures
『ブルータリスト』さかさまの十字架、さかさまのアメリカ ※注!ネタバレ含みます
資本主義の食い物にされる芸術家
妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)は、骨粗しょう症で車椅子に。姪のジョーフィア(ラフィー・キャシディ)は、口を利くことができない。ホロコーストを生き延びた彼女たちは、その身体にトラウマの痕跡を残している。やがてエルジェーベトは歩行器を使えるようになり、ジョーフィアは失っていた声を取り戻すことで、ゆっくり時間をかけてトラウマを克服する。ラースローが執念を燃やして取り組んだコミュニティセンターは、収監されていた収容所に似せて建造されたものだった。祈りの場所を造り上げることで、再生を果たすのである。
だがその道のりは苦難の連続だった。礼拝堂の頭上に光輝く十字架が、自由の女神と同じように“さかさま”であることに、我々は留意すべきだろう。アメリカという国は、彼らの祈りすらも無効化させてしまう。我々がこの映画で目撃するのは、ナチスドイツではなく、アメリカ=資本主義による迫害。「狂気に呑み込まれないで」と懇願するエルジェーベトの言葉の意味は、「アメリカ的価値観に呑み込まれないで」という意味なのだろう。
『ブルータリスト』© DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVED. © Universal Pictures
アメリカに辿り着いたラースローは、従兄弟のアティラ(アレッサンドロ・ニヴォラ)を頼ってペンシルベニアに向かい、家具店で住み込みの仕事を始める。彼と妻のオードリー(エマ・レアード)は、ユダヤ教からカトリックに改宗していた。ユダヤ人としてのアイデンティティを持ち続けるラースローと、アメリカ的価値観に同化したアティラとの対比。やがてその対立は、アティラが仕事の失敗を彼に全てなすりつけたことで、決定的なものとなる。
ラースローは石炭を積み込む労働者として働き始めるが、その身体はすでに薬物におかされていた。やがて彼がヨーロッパで有名な建築家であることを知った実業家の富豪ハリソン(ガイ・ピアース)から、コミュニティセンターの建設を依頼されるものの、資材を積んだ列車が脱線事故を起こしたため、プロジェクトは中止に追い込まれてしまう。
彼はただ、理想の建築を追求したいだけだった。しかし気まぐれなパトロンはラースローをあっという間に切り捨て、こともあろうか採石場でレイプに及ぶ。これは明らかに、“資本主義の食い物にされる芸術家”という直裁すぎる比喩表現。ラースローは、同時代のハンガリー系ユダヤ人建築家マルセル・ブロイヤーとエルノ・ゴールドフィンガーを参照しているが、おそらく本当のモデルは監督のブラディ・コーベット自身だ。
俳優としてキャリアをスタートさせた彼は、初監督作品の『シークレット・オブ・モンスター』(15)、続く『ポップスター』(18)で、次世代のフィルムメーカーとして高い評価を得た。だがそれと裏腹に、財政的には困窮。彼自身、「パートナーも僕も、過去2本の映画の収入は0ドルだった。だから、3年前のギャラで生活するしかなかったんだ」(*3)と発言している。
『ブルータリスト』の製作費は、ハリウッド基準からするとかなり安価な約1,000万ドル。それでもブラディ・コーベットは、必要な資金を集めるために東西奔走し、製作に7年という歳月を費やした。「建築はインディペンデント映画の制作とそれほど変わらない」(*4)という発言からも、ラースローが自分を引き写したキャラクターであることは間違いないだろう。もちろんハリソンは、資本主義の権化たるアメリカそのものだ。