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『ブルータリスト』さかさまの十字架、さかさまのアメリカ ※注!ネタバレ含みます

© DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVED. © Universal Pictures

『ブルータリスト』さかさまの十字架、さかさまのアメリカ ※注!ネタバレ含みます

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※本記事は物語の核心に触れているため、映画未見の方はご注意ください。


『ブルータリスト』あらすじ

才能にあふれるハンガリー系ユダヤ人建築家のラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、第二次世界大戦下のホロコーストから生き延びたものの、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)、姪ゾフィア(ラフィー・キャシディ)と強制的に引き離されてしまう。家族と新しい生活を始めるためにアメリカ・ペンシルベニアへと移住したラースローは、そこで裕福で著名な実業家ハリソン(ガイ・ピアース)と出会う。建築家ラースロー・トートのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、ラースローの才能を認め、彼の家族の早期アメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築をラースローへ依頼した。しかし、母国とは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には多くの障害が立ちはだかる。ラースローが希望を抱いたアメリカンドリームとはうらはらに、彼を待ち受けたのは大きな困難と代償だったのだ――。


Index


巨大建造物のような作品



 ホロコーストを生き延びたハンガリー系ユダヤ人の建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)が、アメリカに渡り、人生を賭けてコミュニティセンターの建築に取り組んでいく。映画『ブルータリスト』(24)は、まさしく巨大建造物のような作品だ。


 プロローグ+第1章が100分、インターミッションが15分、第2章+エピローグが100分。合計215分に及ぶ壮大なる叙事詩は、完璧な時間の対称性によって、美しい調和が保たれている。そして、ラースローが図書館、劇場、体育館、礼拝堂からなる複合施設を設計したように、このフィルムには宗教、政治、国家、家族、愛、暴力、狂気といった様々なファクター=部屋が精緻に配置されている。建築という主題が、構造としても用いられているのだ。


 『ブルータリスト』というタイトルは、ブルータリズム(Brutalism)と呼ばれる建築様式に由来している。モダニズム運動から派生したこのスタイルは、いっさいの装飾を排し、コンクリートやガラスなどの素材をそのまま用いることで、機能的・有機的な美しさを追求した。だがその先進的な表現は、古典主義を重んじる人々から嫌悪の対象となる。



『ブルータリスト』© DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVED. © Universal Pictures


 第一次政権期のドナルド・トランプは、名指しでブルータリズム建築を批判し、連邦政府が新設する建物は古典主義建築が望ましいとする大統領令を発令させた(今年大統領の座に返り咲いたトランプは、この大統領令を再び発令している)。金色に輝くエスカレーター、煌びやかなシャンデリア、壁沿いに流れる滝と、至る所までデコラティヴな意匠が施されたトランプタワーとは、真逆のデザイン哲学。ブルータリズム様式で知られる連邦捜査局(FBI)本部に対して、「正直言って、この街で最も醜い建物のひとつだと思う」(*1)と発言したとも伝えられている。


 ニュースサイトのビジネスインサイダーは、ブルータリズムが「社会意識の高い政府と集団民主主義の理想を表現するもの」であり、「過去の栄光を白々しく模倣するのではなく、未来への信念を抱いた、前向きなビジョンだった」(*2)と論じた。だとするならば、この進歩的な建築様式は、それ自体が民主主義と自由を表している。強制収容所に入れられていた主人公が、迫害から逃れてアメリカに向かう『ブルータリスト』は、映画的主題と建築的主題が完全に合致した作品といえるだろう。


 自由の国アメリカ。『ゴッドファーザー PART II』(74)をはじめ、この地にやってくる移民の物語は、これまで数多く作られてきた。だがこの『ブルータリスト』は、いささか趣を異にする。この映画は、決してアメリカを理想の国家としては描いていない。ラースローがニューヨーク港に入港するとき、カメラは“さかさま”の自由の女神を捉える。民主主義と自由の反転。むしろこの大国は、収容所から逃れてきた主人公に対して牙を剥くのである。





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