共同監督、女優ザーラ・アミールという揺るぎない軸
もう一つの核を忘れてはいけない。これらの脚本を映像化するにあたっては、ナッティヴと共に共同監督を務め、なおかつ女優としてコーチ役を演じたザーラ・アミールもまた大きな原動力となった。彼女は作品の端々にイラン的な文化や描写を挟み込むのと同時に、イラン人女性としての心の機微を、時に繊細に時にダイナミックに表現して、本作のクオリティを引き上げたのである。
そしてもちろん、彼女が辿ってきた半生もまた作品の言い知れぬ魂と言える。かつて国内の人気女優だったにもかかわらず、第三者による私的なセックステープの流出という信じられないスキャンダルの渦中へと叩き落とされ、フランスへと亡命を果たした彼女。しかしその後も圧力に屈することなく、主演映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』(22)で怪事件を追うジャーナリスト役が絶賛されたのは記憶に新しいところだ。
事実、これを見たナッティヴ監督から、初めはコーチのマルヤム役として相談を受け、その後、製作面においても共同監督として二人三脚を担うことを提案されたとか。イスラエルとイランにルーツを持つ各々が手を組んで映画製作するのは、歴史的にもこれが初めてのことだという。
『TATAMI』© 2023 JUDO PRODUCTION LLC. ALL RIGHTS RESERVED
そうやって見ていくと、この『TATAMI』には二人の主人公がいると言える。一人は現役選手のレイラであり、もう一人はコーチのマルヤム(アミールが演じる)である。中でも、レイラに出場をやめさせよう説得を続けるマルヤムが、ふと別の心境へと移行する流れが極めて印象的だ。
それはマルヤムがかつて圧力に屈した過去を乗り越え、新世代のレイラの背中を押す瞬間でもある。そこには劇中と同じく新たな世代を力強く後押ししようとするザーラ・アミール自身の思いも強く投影されているとみていいだろう。
『TATAMI』というタイトルが象徴するもの
かくも本作のレイラは、一人でありながら一人ではない。その芯部ではベースとなった数々の事実や思い、人々の半生が混ざり合い、一つの真っ直ぐでパワフルな意志となってレイラの心身を突き動かしているのだから。ほんの一つの事実や要素が欠けたとしてもこの映画は生まれなかっただろうし、全くの別ものとなっていたことだろう。
翻って、本作のタイトルが『TATAMI』と銘打たれたのも今では納得だ。ここは政府からの不当な圧力が及ぶことのない、いわば選手の権利が守られし場所。いざ畳の上へ進み出て相手と組み合う時、彼らは何ら政治的干渉を受けることなく、解き放たれた個人として自由と尊厳を行使できるのである。
また、イランとイスラエルの関係性から見ても、畳の上ではどちらの立場や言い分が優先されることもない。その意味では国家を超越しているし、ナッティヴとアミールのように揺るぎなき協力関係を結ぶこともできる。まさにそれは「TATAMI」としか呼びようのない唯一無二の聖域なのだ。
参考資料
・『TATAMI』プレス資料
・朝日新聞縮刷版 2019年8月31日スポーツ欄
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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『TATAMI』
新宿ピカデリーほか全国公開中
配給:ミモザフィルムズ
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