『あの歌を憶えている』あらすじ
ソーシャルワーカーとして働き、13歳の娘とNYで暮らすシルヴィア。若年性認知症による記憶障害を抱えるソール。それまで接点もなかったそんなふたりが、高校の同窓会で出会う。家族に頼まれ、ソールの面倒を見るようになるシルヴィアだったが、穏やかで優しい人柄と、抗えない運命を与えられた哀しみに触れる中で、彼に惹かれていく。だが、彼女もまた過去の傷を秘めていた──。
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メキシコの俊英がNYを舞台に挑んだ新境地
60代に突入したイニャリトゥ、デル・トロ、キュアロンなどのメキシコ出身の錚々たる先駆者たちがそうであるように、同じメキシコ生まれの40代の俊英、ミシェル・フランコが手がける映画も決して一筋縄でいくものではない。
彼の作風を一言で説明するのは困難だし、どの作品もクセがあり後味が悪いこともしばしば。少なくとも観客を選ぶタイプの映画であることは確かだ。それでもなお彼の作品を楽しみにしてしまうのは、観客にドロリとした澱を呑ませつつも、その代償としてハッとするような人間の心理や深みを垣間見せてくれるからだろう。
『あの歌を憶えている』予告
そんな彼の作品群をあらかじめ知った上で新作『あの歌を憶えている』(23)に臨むと、相変わらずの卓越した筆致で剥き出しになっていく人間模様に感嘆させられる。同時に、いつもとやや違う側面も際立つ。というのも、今回のフランコ作品は時に柔らかくて温かい。決して力強くも神々しい光ではないが、そこには微かに、人生の暗闇から別の場所へといざなってくれるかのような一筋の救いが射し込んでいるのだ。
これは稀代の表現者がハリウッドの実力派(ジェシカ・チャステイン、ピーター・サースガード)たちとの有機的なコラボレーションを経てたどり着いた、新境地とも呼ぶべき作品である。