『蝶の渡り』あらすじ
ジョージア。1991年。ソ連からの独立が近づき、希望に満ちた<どんちゃん騒ぎ>で新年を迎える若者たち。しかし、その夢は叶ったものの、喜びは、新たな戦争ですぐに消えてしまう……そして、27年後。画家コスタは、祖父母の代からの古びた家の半地下に暮らしている。そこに集まるのは、かつての芸術家仲間たち。そこに、コスタの昔の恋人ニナが戻ってきて、コスタの絵を買いにきたアメリカ人コレクターが、なんと彼女に一目惚れ!さぁ、どうなる!?
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映画の王国から届いたささやかな一作
世界地図上に指を滑らせてジョージアを探すと、ロシアとトルコのちょうど狭間、黒海に面したあたりに見つかる。人口は約370万、面積は北海道の八割くらいなのだとか。近年は「ワイン発祥の地」としても盛んに紹介されるようになったが、その歴史、およそ8000年というからすごい。ちなみに日本の飲食チェーン店「松屋」では期間限定で人気のジョージア料理「シュクメルリ鍋定食」が出ることもあり、こちらもファンの間で盛り上がりを見せている。
加えてジョージアは「映画の王国」と称される。交通や交易の要衝に位置することから映画文化が流入した時期も比較的早く、隣国からの政治的、文化的な統制下にありながらも独自色の強い映画製作のスタイルを貫き通してきた。すなわち、歴史、伝統、精神の三要素が深くあいまった意味での映画の王国。私はそのように理解している。
『蝶の渡り』©STUDIO-99
そんなジョージアから届いた新作映画『蝶の渡り』(23)は、この国を代表する女性監督であり、80年代にはカンヌでの受賞経験もあるナナ・ジョルジャゼ(1948~)が手掛けた作品だ。
巨額を投じた大作などではないし、お世辞にもキャッチーな派手さや華やかさがあるとも言えない。しかし、いざその作風や語り口に真向かってみると、「ジョージアらしい」としか形容しようのない歴史と伝統と精神が、この小さな物語空間にギュッと凝縮されていることに気づく。そうやって89分の小さな宇宙が幕を閉じる頃には、この映画の登場人物たち、そしてジョージアという国そのものに心惹かれ、この場所から立ち去り難くなってしまうのだ。