1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 蝶の渡り
  4. 『蝶の渡り』芸術家が集う半地下⁉︎にジョージアの歴史と伝統と精神を凝縮させたドタバタ悲喜劇
『蝶の渡り』芸術家が集う半地下⁉︎にジョージアの歴史と伝統と精神を凝縮させたドタバタ悲喜劇

©STUDIO-99

『蝶の渡り』芸術家が集う半地下⁉︎にジョージアの歴史と伝統と精神を凝縮させたドタバタ悲喜劇

PAGES


象徴的な絵画「蝶の渡り」と、忘れ難いラスト



 画家であり、頼まれ仕事で舞台衣装デザインなども手がける主人公コスタ(演じるラティ・エラゼの本業はデザイナーで、映画出演は今回が初めて)の顔には傷がある。どれだけドタバタした日常が描かれようと、そこにはかつてジョージアが経験した痛みや傷跡が刻まれているということか。かくなるディテールを、これ見よがしに主張するのでなく、観る者に委ねるかのように、さりげなく盛り込んでいるのも特徴的。


 そして本作で傑出しているのは、タイトルにもある「蝶の渡り」という絵を用いて、ジョージア国民の胸に秘められた心象風景を比喩的に描き出そうとしている点だろう。


 幻想的な絵の中では、無数の美しい蝶の群れが、やがて吹き渡るであろう季節の風に乗って山を越えようと、ただひたすら時を待ち続けている。果たして風は吹くのか、吹かないのか。もしくは吹いたとしても、それに上手く乗ってあの高い山を越え、暖かな場所で生き延びることができるのかどうかーー。



『蝶の渡り』©STUDIO-99


 これは厳しい時代を経て、戦乱のために家を失ったり、生きる糧を得るために愛する母国を去らねばならなかった多くの人々の運命と重なる。さらに言えば、蝶はこの国で生き続ける芸術家たちの象徴でもあるのだろう。風が吹くか、乗れるかどうかはまさに運命次第。この半地下の部屋にも、かつて多くの蝶たちが舞い込んでは、やがて一人、また一人と、どこかへ渡っていった。


 あの頃と変わらずこの場所に留まっているのは、戦乱で愛する者を失った元写真家のナタと、半地下の主コスタのみ。無数の蝶たちを送り出す側の心に沸き起こる寂寥感が、見ていてなんとも切ない。


 このまま物語が終わったとしてもひとまず納得はいく。しかし本作は、ラストのほんのわずかな一瞬で我々の心を深く奪う。まるで新旧世代がバトンリレーを交わすかのような、なんとも言えない美しいやり方で締めくくってみせるのだ。


 今ジョージア国内は再び政情が不安定になっていると聞く。これからこの国はどう移り変わっていくのだろう。そして今、コスタのような芸術家たちはどのように暮らしているのだろうか。留まる者、旅立つ者、帰ってくる者。各々の蝶たちの暮らしが少しでもより良いものでありますように。切にそう願わずにいられなくなる一作である。


参考文献:『グルジア映画への旅 映画の王国ジョージアの人と文化をたずねて』(はらだたけひで著、未知谷刊、2018年)



文:牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



『蝶の渡り』を今すぐ予約する↓




作品情報を見る



『蝶の渡り』

新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中

配給:ムヴィオラ

©STUDIO-99

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 蝶の渡り
  4. 『蝶の渡り』芸術家が集う半地下⁉︎にジョージアの歴史と伝統と精神を凝縮させたドタバタ悲喜劇