『遺灰は語る』あらすじ
映画の主人公は、1936年に亡くなったノーベル賞作家ピランデッロの“遺灰”である。死に際し、「遺灰は故郷シチリアに」と遺言を残すが、時の独裁者ムッソリーニは、作家の遺灰をローマから手放さなかった。戦後、ようやく彼の遺灰が、故郷へ帰還することに。ところが、アメリカ軍の飛行機には搭乗拒否されるわ、はたまた遺灰が入った壺が忽然と消えるわ、次々にトラブルが…。遺灰はシチリアにたどり着けるのだろうか——?!
Index
二人(三人)の作家による響き合い
マエストロによる一筆書きのような映画。ユーモアに溢れた軽さを纏いつつ、どう受け止めたらいいか分からなくなるほどの重い魂を投げかけてくる。老齢の映画作家パオロ・タヴィアーニによる『遺灰は語る』(22)は、余白だらけの映画だ。あっけらかんとした抜けの良さ、物語や画面構成の妙技は、若い映画作家には撮れないものだろう。100歳を超えても映画を撮り続けたマノエル・ド・オリヴェイラの映画がそうであったように。あるいは近年のクリント・イーストウッドの映画がそうであるように。この力の抜け方には確信がある。むしろ力の抜け方が脅威になっている。ちょっとした手の動きだけで空気の流れを変えてしまう偉大なダンサーのように。本作は兄ヴィットリオを失った現在91歳のパオロ・タヴィアーニが初めて単独名義で撮った傑作だ。物理的には軽く、精神的には重い「遺灰」が描かれていることが偶然とは思えない。
『遺灰は語る』© Umberto Montiroli
ノーベル文学賞受賞者ルイジ・ピランデッロの遺灰が旅をする。ピランデッロは故郷のシチリアに遺灰を移すよう遺言を残す。ピランデッロの遺言は、ムッソリーニの政治利用に抵抗することには成功する。しかしムッソリーニは遺灰をローマから手放さない。遺灰は作家の思い描いていたような「物語」を進めることができぬまま、ファシスト政権の終わり、戦争の終結を辛抱強く待つことになる。
いかなる偉大な芸術家も死後の世界をコントロールすることはできない。遺灰やお墓は、生きている者のためにあるのだろう。残された者が遺灰やお墓に価値を与えていく。遺灰は何も話すことができない。シチリアの青すぎる空に何かを問いかけても返事がないのと同じことだ。ピランデッロとパオロ・タヴィアーニという二人の作家の思い描く“人生の終わり”へのヴィジョンが、直接的に交わることなく響き合っている。本作は2018年にこの世を去った兄ヴィットリオに捧げられている。