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『イルマ・ヴェップ』不滅のマギー・チャン=イルマ・ヴェップ

© Vortex sutra

『イルマ・ヴェップ』不滅のマギー・チャン=イルマ・ヴェップ

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『イルマ・ヴェップ』あらすじ

映画『イルマ・ヴェップ』の撮影のため、単身パリにやって来た香港の映画女優マギー。しかし監督のルネがノイローゼ気味になり、撮影は難航してしまう。現地スタッフとも上手く馴染めずにいたマギーは、途方に暮れる。そして彼女はイルマ・ヴェップの衣装をまとってホテルの部屋から抜け出す…。


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はじめにマギー・チャンありき



 「さよならハリウッド」。ソニック・ユースのキム・ゴードンの歌声がホテルの部屋に響くとき、光沢のあるブラック・コスチュームを纏ったマギー・チャンは、イルマ・ヴェップへの華麗な変身を遂げる。“イルマ・ヴェップ”は“ヴァンパイア”のアナグラムだ。ルイ・フイヤード監督の『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団』(1915)で、女優ミュジドラが演じた女盗賊。1910年代パリの社会的「底辺」であり「貧民街のゴロツキ」。アンドレ・ブルトンをはじめとするシュールレアリストたちを夢中にさせたカリスマ。宝石を盗んだマギー=イルマ・ヴェップは、夜のパリの屋根を歩いていく。雨に濡れるブラックスーツのきしむ音が、彼女の孤独を際立たせている。


 パリのアジア人。『レ・ヴァンピール』のリメイクを監督することになったルネ・ヴィダル(ジャン=ピエール・レオ)は、香港映画界の大スターをイルマ役に起用する。香港映画の撮影のため、三日遅れでパリに到着したマギー。マギー・チャン本人と同じくイギリスで育った彼女は、フランス語を話すことができないという設定だ。『イルマ・ヴェップ』(96)は、主人公にマギー・チャン本人の実人生を重ねることで、カメラの前にいるヒロインの属性を曖昧にしていく。この映画のヒロイン、そしてイルマ・ヴェップという化身は、マギー・チャンのペルソナとして機能していく。


『イルマ・ヴェップ』予告


 畳みかけるような台詞の応酬と忙しなく動き回るカメラワークが、マギー=イルマ・ヴェップの小動物的な動きと連動している。パリのアジア人である彼女は存在を孤立させる。しかし余所者としてのマギーは、孤立すればするほど孤高の輝きを放ちはじめる。マギー・チャンという俳優のカリスマ性が、全身を覆うブラックスーツでも隠し切れないのと呼応するように。本作のヒロインは、本人のコントロールの及ばないところでミュジドラ=イルマ・ヴェップの圧倒的なカリスマ性と接続されていく。フランス映画史のカリスマをアジア人女性が演じるという、現代ハリウッド映画にも通じる先見性。はじめにマギー・チャンありき。本作はオリヴィエ・アサイヤス監督にとって、マギー・チャンを主演に迎えることで初めて成立する映画だったという。


 ウォン・カーウァイ映画の撮影監督として知られるクリストファー・ドイルが、オリヴィエ・アサイヤスとマギー・チャンを再会させている。


 「すぐに分かったことがある。マギーは私の話に耳を傾け、私の言っていることを理解し、あらゆるニュアンスを把握している。そして何より、初めて会ったときに感動した彼女の声の優しさを再発見したのである」(オリヴィエ・アサイヤス)*


* 「Assayas par Assayas」(Olivier Assayas & Jean-Michel Frodon)





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