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『イルマ・ヴェップ』不滅のマギー・チャン=イルマ・ヴェップ

© Vortex sutra

『イルマ・ヴェップ』不滅のマギー・チャン=イルマ・ヴェップ

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ブラック・コスチューム



 「繊細だけど、それが彼女をより危険に見せる。彼女は邪悪なの」(『イルマ・ヴェップ』リメイク版ドラマシリーズ/22)


 『レ・ヴァンピール』でミュジドラが纏うブラック・コスチュームは、フランス国内でジョルジュ・フランジュ監督の作品等に受け継がれ、『バットマン』シリーズにおけるキャットウーマンをはじめ、ハリウッドの大作映画に至るまで継承されている。『イルマ・ヴェップ』でも言及される、『バッドマン リターンズ』(92)におけるミシェル・ファイファーが演じたキャットウーマン。そしてハル・ベリーやアン・ハサウェイ、ブラック・ウィドウを演じるスカーレット・ヨハンソンのコスチューム... ...。身体の大部分をブラックで覆った衣装の原型に、ミュジドラ=イルマ・ヴェップのイメージがある。


 イルマ・ヴェップのコスチュームは、女性の身体のラインをくっきり浮かびあがらせると同時に全体を覆い隠すものでもある。性的な欲望の対象に成り得るが、同時に欲望の視線をブロックする鎧のような衣装。ミシェル・ファイファーのキャットウーマンは猫の姿態を模した滑らかさで、ときに欲望を誘うようなエロティックな動きをしていたが、彼女の身体はコスチュームによって固く守られていた。そして覆い隠されている部分がブラックであることが、このコスチュームの何より重要な性質に思える。ブラックという不可侵な“謎”。それはモノクロの画面において独特の映え方をする。



『イルマ・ヴェップ』© Vortex sutra


 『レ・ヴァンピール』でブラックスーツを纏ったミュジドラが動くとき、彼女はモノクロ画面の黒味=影になる。イルマ・ヴェップは邪悪な空間を自身の身体によって創りだすことができる。オリヴィエ・アサイヤスによるリメイク版『イルマ・ヴェップ』でアリシア・ヴィキャンデルが演じる主人公が言っていたように、イルマ・ヴェップは女性らしさを恐れていない。敵は彼女の女性らしさを恐れている。敵、そして観客はブラック・コスチュームに覆われた彼女たちの不可解で不可侵な黒の光沢に惹かれ、同時にそれを恐れる。


 リメイク版『イルマ・ヴェップ』のアリシア・ヴィキャンデルは、コスチュームを纏った瞬間に舞踏のような踊りを始める。その姿態は、まるでイルマ・ヴェップの霊が憑依しているかのようだった。本作のマギー・チャンはコスチュームを徐々に手なずけていく。コスチュームを着る度に、彼女は彼女自身を“複数のペルソナ”として分裂させていく。ミュジドラのように舞踏のような振付けで階段を上がっていくマギー。ウォン・カーウァイの『花様年華』(00)に限らず、マギー・チャンほど階段を昇ったり降りたりする動きが強く印象に残る俳優はそうそういない。マギー・チャンのシルエットは真夜中にこっそりと咲く花のように、官能的で不確実な“謎”に包まれている。





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