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『イルマ・ヴェップ』不滅のマギー・チャン=イルマ・ヴェップ

© Vortex sutra

『イルマ・ヴェップ』不滅のマギー・チャン=イルマ・ヴェップ

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仮面・ペルソナ



 「役者は演技をしている時、正気を失ってると思う」(『ロアン・リンユイ/阮玲玉』91)


 マギー・チャンが本人役を演じているように、『イルマ・ヴェップ』は演じることをテーマにした映画でもある。本作以前にマギー・チャンは、中国映画のサイレント期における伝説的な俳優ロアン・リンユィを演じたことがある。スタンリー・クワン監督の『ロアン・リンユィ/阮玲玉』は、『レ・ヴァンピール』と同じくらい本作と呼応関係にある作品といえる。


 『イルマ・ヴェップ』と『ロアン・リンユイ』は、共に映画制作の舞台裏をフィクションとして追いかける作品だが、それ以上にマギー・チャンという俳優をドキュメントする作品でもある。『ロアン・リンユイ』のヒロインは、カメラの前で演技をする瞬間を除いて、ほとんど感情を表に出すことはない。この作品のマギー・チャンは、演じることの危険な領域に侵入しているように思える。階段を昇ったり降りたりする所作が、24歳で自殺したロアン・リンユイの霊に憑依されているかのようなのだ。コスチュームを纏うことによってミュジドラの霊を引き受け、正気を失ってしまった『イルマ・ヴェップ』のマギーのように。



『イルマ・ヴェップ』© Vortex sutra


 本作でパリの異邦人として孤立するマギー・チャンは、英語以外の言葉を理解できない。コミュニケーションの不通によってマギーは孤立していくが、同時にそれが彼女の神秘性を高めていく。沈黙=サイレントによる神秘性。コスチュームのきしむ音が、この沈黙を破る新たな“言葉”になっている。ブラック・コスチュームを現代の映画の“言葉”にするという命題への回答だ。そして本作で怯える演技を見せるときのマギー・チャンのクローズアップは、サイレント映画のヒロインのように、この上なく美しい。ここには映画だけが持ちうる言語がある。サイレントの状態で映し出されるマギー・チャンのクローズアップは、声を発さずとも“言葉”になっている。


 オリヴィエ・アサイヤスは本作のあと『San titre(無題)』(97)と題されたマギー・チャンのポートレイト映画(短編)を撮っている。そしてマギー・チャンは同じくオリヴィエ・アサイヤスが手掛けた『クリーン』(04)で主演を務めたのを最後に、いくつかの短編映像作品を除き俳優業を休業している。マギーというキャラクターがマギー・チャン本人の元から離れ、キャラクターの霊魂として現れるリメイク版『イルマ・ヴェップ』は、休業中の伝説的な俳優マギー・チャンに捧げられた作品ともいえる。





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