個人ワークからチームワークへ
「10代の頃、 映画制作全般に興味がありました。(中略)内気で自信もなかったので、大きなチームで仕事をしたり、人に指示を出したりするのは、自分に向いていない気がしました」(*3)と語るジルバロディスは、自然な流れで、デスクトップで完結できるアニメーションの世界に耽溺していった。これまで発表してきた短編はもちろん、3年半という時間を費やした75分の長編映画『Away』も、たったひとりで創り上げている。彼にとって映画作りとは、孤高の行為なのだ。
そんなジルバロディスにとって、『Flow』は大きな転換点となる作品となった。ハイエンドな3DソフトウェアMayaから、オープンソースの無料ソフトBlenderに乗り換え、小さなスタジオに引越し、優れたクリエイターたちと共同作業をしながら、映画を作っていったのだ。
もちろん、主たるアニメーション制作、編集、音楽(彼は独学で作曲もしている)と、創造的自立を確保した仕事ぶりは変わらない。しかし、オープンソースのソフトウェアを選択したことで共通言語で話せる仲間が増え、その仲間たちと一つ屋根の下で働くという、個人ワークからチームワークへの一大革命が起きた。スタジオに所属した経験のないジルバロディスは、効率的なワークフローを模索しながら、チームプロジェクトを推進。アニメーターたちにコンセプトを説明し、助言を行った。
『Flow』©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.
「映画の中で、 キツネザルはたくさんの物を集めています。キツネザルの行動を見続ける私たちは、やがてその理由に気づきます。つまりキツネザルには所属の欲求があるわけです。そして鳥も、所属したい、群れに戻りたいと切望しています」(*4)
と彼はインタビューで語っている。映画に登場する動物たちのように、「所属したい、群れに戻りたい」と誰より切望していたのは、おそらくジルバロディス自身だったのだろう。時に争い、時に支え合い、切磋琢磨しながら、チームとして一緒に映画を作っていく。今までのような個人作業だったら、Blenderを気軽にアップデートすることもできた。だがチームとなるとそういう訳にはいかない。古くても、安定したバージョンで作業することが求められる。彼らは全員、同じ目的のために箱舟に乗り込んだ仲間なのだから。
『Away』と『Flow』は、ストーリー構造がよく似ている。『Away』は、謎の島に不時着した青年が、黒い精霊から逃げ延びようとする物語。『Flow』は、一匹の黒猫が、巨大な洪水から逃げ延びようとする物語(猫は本能として水を嫌う)。どちらも、<恐怖>と立ち向かい、<恐怖>を克服していくストーリーだ。だが『Away』では、青年がたったひとりで不安を抱えていたのに対し、『Flow』はキツネザルや、カピバラや、ラブラドールといった他者が箱舟に乗り込み、苦難を共有する。映画の制作体制とテーマが完全一致しているのだ。
『Aqua』
『Flow』は2012年に発表した短編『Aqua』が元になっているが、この作品には黒猫と一羽の鳥しか登場しない。この二つの作品を見比べることでも、ジルバロディスの制作環境と内面的変化を感じることができるだろう。