荒海に投げ出されてカメラと装備はすべて撃沈!
ラヴァンドゥの海に朝日が昇り始めた午前7時頃のこと。潜水ダイバー避難用の巨大な装備が、水面下40メートル以内では固定不能であることが判明する。少しの波を受けて船が揺れると、装備も一緒に揺れてしまうのだ。これでは避難用には使えない。大急ぎで他の装備を探す間にフィルム・テストにトライする。あらゆる深さ、時間帯、照明の有り無し、等々を加味して3種類のカメラをテストするも、カメラの中に海水が浸入。しかも、ペトロンは水中での画角を確認するためのビデオ・ファインダーを作ると約束していたのに、それを作っていなかった。ファインダー作りには15日間必要だという。そんなには待てない。なので、急遽水中撮影はスポルティフというファインダーを使って照準を合わせることになる。それはプレキシグラス(自動車に使われる安全ガラス)で出来た板状のファインダーで、映像の焦点を示す十字の印が付いていた。ただ、これだと俳優に照準を合わせる場合、彼が近づいたり離れたりする度に焦点がぼけてしまう。まして、水中では何もかもが常に揺れ動いているので、カメラと俳優の距離を一定に保つことなど至難の業だ。
『グラン・ブルー』© Photofest / Getty Images
船は装備を揺らし、海流がカメラを流し、カメラマンのゴーグルは雲って視界を狂わせる。まさに海中の悪夢以外の何ものでもなかった!
船上も酷い惨状だった。ベッソンに言わせると映画のスタッフには散らかし屋が多いらしく、そこら中に機材を放置したまま作業に移る癖があり、船が揺れる度にスパナやトランシーバーがデッキから滑り落ちて海中に落下していく。頼みのチーフカメラマン、カルロ・ヴァリーニにも大いに問題があった。彼は事前にプールで訓練を積んでから撮影に臨んだのだが、実際の海は勝手が違ったようで、ある時は身に付ける重りが少なすぎてコルク栓のように水面に浮き上がったかと思えば、翌日には重りが多すぎて鉄の玉のようにどんどん潜っていってしまい、あやうくジャック・マイヨールの記録を死んで塗り替える前に彼を捕まえなければならなかった。
『グラン・ブルー』© Photofest / Getty Images
そして、ベッソンはスポルティフと格闘していた。このタイプのファインダーの難点はラッシュを見るまで画角が確認できないことで、ラッシュ現像のためにフィルムをパリに送り、それをチェックするのに3日もかかった。最初のラッシュは惨たんたるものだった。水にはまだ冬の名残の粒子がいっぱい残っていて、画角の位置も下過ぎる。十字を修正する。さらに3日後、今度は画角の位置が高過ぎる。そのまた3日後は太陽光がなく、再び足踏み。空いた時間を夜間の海中撮影に切り替える。さらなる難題が持ち上がる。南仏特有のミストラルという嵐のせいで、照明は頻繁に消え、船上の機材は吹き上げられ、固定ロープは次々と外れていく。真っ暗がりの中、全員撮影を中断して浮上を余儀なくされる。
この間、12日間の悪戦苦闘でスタッフ&キャスト全員が3キロ痩せたというが、ベッソンもそうだったかは定かではない。