13日目にようやく天使が微笑んだ!
そして、水中撮影13日目にして、ようやく天使が微笑んだ。快晴で海は凪ぎ、水中装備は固定されている。ベッソンとペトロンはそれぞれカメラを抱えて水中に沈んでいく。その後をジャン=マルクが追う。数分後、ジャン・レノが続く。それを各々5回ずつ、計10回の降下を2台のカメラに収めたので、合計20回分のシーンが撮れた。2日後、ゴーモンの試写室でラッシュを観る。トルコブルーの海をカメラがパンしていくと、ジャン=マルクが12メートルのスクリーンを、まるで月夜の鳥の如く横切っていく。みんなあまりの感動と達成感で立ち上がることが出来なかった。こうして、ベッソンと海の仲間はようやく迷宮の出口に辿り着いたのだ。
クリストファー・ノーランに繫がるベッソンのイノベーション
ベッソンが『グラン・ブルー』でチャレンジしたのはフィルムによる水中撮影だけではない。当時も今も映画ファンの目に焼きついて離れない、ベッドで寝ているジャックが天井から迫る水の中に水没する、"ジャックの悪夢" を表現した出色のシークエンスだ。撮影の手順はこうだ。まず、部屋のセットは上下さかさまに作られていて、事前に合成樹脂で体の型を押した天井のベッドに、ジャン=マルクがスタンバイする。クレーンで吊された部屋がプールの中へと下りて行く。機械で水面を絶妙に波立たせる。この波の演出が特に秀逸だ。カメラもセットと同じくさかさまにして撮影する。結果、観客はあたかも水が降りてくるように錯覚するというからくりだ。この撮影に関して、ベッソンははっきりと「特撮もナマで撮る」と明言している、つまり、合成処理よりセット撮影を優先したということで、例えばこのコンセプトはクリストファー・ノーランが『 インセプション』(10)でトライしたホテルの廊下のセットを回転させて無重力状態を作った手法にも繫がる、映像的イノベーションだと思う。繰り返すが『グラン・ブルー』はデジタル撮影前夜の、そして、合成技術も今に比べて低かった1988年の作品だ。
『グラン・ブルー』© Photofest / Getty Images
クラインインから7ヶ月後の1987年末。遂にチームでの撮影最終日を迎える。この日、イタリア国境の町、ヴァン・ディゼールで撮られたのは、ジャックとエンゾが正装してプールの底まで潜り、口から空気をぶくぶく出しながらシャンパンを飲むシーンだ。みんな笑っていたという。ベッソンはここに至るまでの苦難の道程を思い出していた。少し感傷的になっていたかも知れない。この後、クルーはフレンチアルプスのティーニュに移動して、盛大なお別れ会に突入する。パリからジャン・レノが、そしてロザンナ・アークエットも加わったパーティは朝まで続いた。ベッソンはその様子を後でビデオで確認する。当日は酔っ払って何も覚えてなかったのだ。ジャン・レノと2人で朝の7時にスキーをしたこと以外は。
『グラン・ブルー』は1988年のカンヌ映画祭のオープニングを飾り、メディアには酷評されたものの、その後、口コミで噂が広がり、一般公開後10年間で1,000万人の観客を動員するカルトムービーとして語り継がれることになる。