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『ブゴニア』誤った物語を信じて傷つけあう人類へ捧ぐ、滑稽なレクイエム ※注!ネタバレ含みます

© 2025 FOCUS FEATURES LLC.

『ブゴニア』誤った物語を信じて傷つけあう人類へ捧ぐ、滑稽なレクイエム ※注!ネタバレ含みます

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観客をあざ笑う、最大のブラックジョーク



※物語の結末に関する記述がありますので、未見の方はご注意ください。


 言葉によるコミュニケーションが死に絶えたこの世界を、ランティモスはいつものエクストリーム演出で切り取っていく。


 例えば、音楽。『哀れなるものたち』と『憐れみの3章』(24)でもタッグを組んだイェルスキン・フェンドリックスのスコアは、過剰なまでに荘厳で、オペラのように鳴り響く。だがその旋律が重なるのは、ボロボロの服を着たテディが必死に自転車を漕ぐような、あまりに惨めで薄汚い場面だ。


 もしくは、食事。ランティモス作品において、食卓は決して団欒や快楽の象徴としては描かれない。『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(17)で、バリー・コーガンがスパゲッティを無心に貪り食うシーンがそうだったように、本作のミートボール・パスタもぜんっぜん美味しそうには見えない。赤黒いソースが絡みついた麺と挽肉は、料理というより単なる「有機物の塊」として映し出される。


 この極端なコントラストこそが、ランティモスの狙いだ。鳴り響く音楽は、彼らが脳内で描く“世界を救う英雄の物語”。だけど目の前にある食事は、腐敗し、ただ消化されるだけの現実だ。テディは、自分の行動に意味があると思い込んでいるが、ランティモスはそれを冷笑するかのように、グロテスクなパスタと崇高な音楽を並べてみせる。最高に底意地の悪いブラックジョークとして。



『ブゴニア』© 2025 FOCUS FEATURES LLC.


 このブラックジョークを視覚的に補完するのが、撮影監督ロビー・ライアンによるカメラワークだ。物語の舞台となるテディの家は、イングランドの田園地帯に一から建てられたセットであり、彼らの閉じた世界を象徴している。ライアンはあえてワイドショットを多用し、剥がれかけた壁紙や荒れ果てた庭を、監視カメラのような冷徹な視線で捉え続けた。画面の端々から漂う、“何かがこちらを見ている”という感覚。ランティモスはあらゆる手札を使って、観客の居心地を悪くさせ、正常と異常の平衡感覚を奪っていく。


 しかし、この映画が用意した最大のブラックジョークは、テディの妄想だと思われていた陰謀論が真実であり、ミシェルは本当に地球を査定しに来たアンドロメダ星人だったことだろう。この衝撃展開は、単なるどんでん返しではない。テディをヤバい奴と決めつけ、安全圏から冷笑していた我々観客の常識こそが、実は最大の認知バイアス(=ブゴニア)だったという反転。ランティモスは最後の最後で最強のカードを切り、正気と狂気の境界線を完全に無効化してみせる。


 エマ・ストーンはこのラストを「希望に満ちて穏やかだが、同時に胸が張り裂けそうになる」(*4)と表現する。世界中の人々が死体となり、ゴロリと地面に転がっている光景。静物画のような死はグロテスクであるはずなのに、なぜか奇妙なほど穏やかで、ある種の清々しさすら漂わせている。


 この物語は、分断された世界の傷口を優しく塞いだりはしない。『ブゴニア』は、言葉も通じず、誤った物語を信じて傷つけあう我々人類(失敗した種)に捧げられた、あまりにも滑稽なレクイエムなのである。


(*1)https://www.rogerebert.com/interviews/bugonia-interview-2025

(*2)(*4)https://www.wonderlandmagazine.com/2025/10/31/interview-bugonia-emma-stone-jesse-plemons/

(*3)https://letterboxd.com/journal/eddington-ari-aster-interview/



文:竹島ルイ

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。




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作品情報を見る



『ブゴニア』

TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー中

配給:ギャガ ユニバーサル映画

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