『クライム101』あらすじ
アメリカ西海岸線を走るハイウェー〈101〉号線上で、数百万ドルの宝石が消える強盗事件が多発。4年間にも及ぶデーヴィスの犯行は一切のミスがなく完璧だったが、人生最大の大金を得るために高額商品を扱う保険会社に勤めるシャロンに接触し、共謀を持ちかけたことから思わぬ綻びを見せ始める。1,100万ドル(約16億円)の宝石をターゲットに、シャロンとの裏取引は成功したかのように見えたが、犯罪組織からの追跡や警察内部の陰謀、そしてルー刑事の執拗な捜査網にそれぞれの思惑が絡み合い、デーヴィスの完璧だった犯罪計画とルールが崩れていく―。
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物語の脊髄としての「101」
アメリカ西海岸の背骨を貫く国道101号線。ポップカルチャー史において、このハイウェイは常に自由と逃走の舞台だった。
フォークロック・バンドのアメリカは、1972年に発表した「Ventura Highway」(101号線の別名)で、“自由な風が髪を吹き抜ける”瞬間を、西海岸への憧れとして刻み込んだ。ソーシャル・ディストーションは「Highway 101」で、“この世界を置き去りにして海岸線をひた走る”と熱唱し、ファントム・プラネットは「California」で、“101号線を南下することが成功へのチケット”と叫んだ。
映画史的にも、このハイウェイを避けては通れない。アルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(58)では、101号線の一部であるゴールデンゲートブリッジが物語の重要なランドマークとして描かれ、ジョン・カーペンター監督の『ザ・フォッグ』(80)では、101号線から枝分かれする海岸線が不穏な恐怖の舞台となった。アレクサンダー・ペイン監督の『サイドウェイ』(04)で、中年男たちがワインを求めて彷徨った場所も、101号線沿いに広がるセントラルコーストの風景だ。
しかし、バート・レイトン監督による『クライム101』(26)ほど、このハイウェイを純粋な“物語の脊髄”として機能させた作品は稀かもしれない。本作の舞台は、眩い陽光が降り注ぐ南カリフォルニア。ここで発生するのは、巧妙な手口による連続宝石強盗事件だ。犯人のデーヴィス(クリス・ヘムズワース)は、長年にわたり捜査網を潜走してきた強盗のプロフェッショナル。一方の刑事ルー(マーク・ラファロ)は、101号線沿いで散発する事件を一本の線として結びつけ、その正体に肉薄していく。

『クライム101』
タイトルの「101」は、極めて意識的なダブル・ミーニングだ。一つは、地理としての101号線。宝石を運ぶ大動脈であり、完璧な逃走ルートでもある物理的なラインだ。そしてもう一つは、原理としての101。英語圏で入門や基本を意味するこの数字は、ここではプロフェッショナルが自らに課す犯罪の基礎、すなわち厳格な行動規範を意味している。デーヴィスは、「誰も傷つけない」「痕跡を残さない」という基本を徹底し、その哲学を実践する場として、101号線を選び取った。
そしてこのハイウェイは、ここではないどこかへと続く、流動性の象徴でもある。強烈な陽光の下で展開するこの映画には、かつてスティーブ・マックイーンが『ブリット』(68)のサンフランシスコの坂道で見せた疾走や、『ゲッタウェイ』(72)で愛する女と共にシステムの境界線を突破しようとした、西海岸特有のロードムービー的思想が宿っている。バート・レイトン監督は、眩い太陽とアスファルトの熱気の中に、かつてのニュー・ハリウッドが持っていた、どこか寂寥とした逃走の美学を鮮やかに蘇らせてみせたのだ。