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『エル ELLE』原作者フィリップ・ジャンが生み出す強烈な女性像に、ヴァーホーヴェンとユペールはどうアプローチしたのか?
『エル ELLE』の30年前に生み落とされた衝撃ヒロイン、ベティ
『ベティ・ブルー』は世間から打ち捨てられたコテージ村の管理人ゾルグと、エキセントリックで情熱的な恋人ベティのラブストーリー。赤裸々な性愛描写と狂おしく切ないラストで熱狂的な支持を集めた。ビジュアル面でも猛烈に洒落ていて、セザール賞では“ベストポスター賞”に輝いた。アカデミー賞でも外国語映画賞にノミネートされている。
まだ無名の新人だったベアトリス・ダルが怪演したベティは、昨今ではお手軽な“メンヘラ”という言葉で片づけられてしまうかも知れない。しかし80年代にはそんな呼称はまだ存在せず、80年代にはセンセーションそのものだった。情に厚くセックスに貪欲で自由奔放で情緒不安定。恋人ゾルグに作家の才能を見出し、献身的に応援する一方、ゾルグの原稿を酷評した編集者を襲撃する危険人物。やがて子供を持ちたいという願望が叶えられずに狂気の淵へと落ちていく。
ベアトリス・ダルは公開時21歳だったが裸のハードルがやたらと低く、登場シーンの大半は全裸か半裸。91年の『美しき諍い女』でエマニュエル・ベアールが4時間の長丁場をほぼヌードで通すまで“ぞんざいな裸”ランキングのトップをひた走っていた。美人といえば美人だがどこか絶妙に崩れていて、色気と純粋さと邪悪さが混じり合い、衝動的に何をしでかすかわからなくて目が離せない。
ゾルグはベティのことを「足を折った野生馬」という比喩で的確に表現している。傷ついてもなお走り回る手負いの獣を一体誰がコントロールできようか。ベティというキャラクターは、彼女自身のこともゾルグとの関係も、ちっぽけな常識では測れないのだと納得させるだけの危険なパワーと魅力を備えていたのだ。
『エル ELLE』のミシェルは、行動原理は不可解で性に奔放だが、理性や社会性は備えており、決してベティとシンクロするわけではない。ただフィリップ・ジャンが読者(もしくは映画の観客)の予想を軽々と超えてくる女性像を生み出す名人であり、どちらのヒロインも強烈に記憶に刻まれることは間違いがない。
もうひとつ言い添えたいのは、『ベティ・ブルー』の映画版では多少ぼかされているが、原作ではゾルグが執筆した小説がとんでもなく不快な内容だと明言されていること。小説家の主人公を描くときに、作者が自分自身を投影していると考えるのは短絡的かも知れないが、他人に理解されないルサンチマンを吐き出すように作品化するゾルグはフィリップ・ジャンのダークな作風と重ねずにいられない。そして『エル ELLE』という小説もゾルグの小説と同じように、敢えて社会的道徳に不安と混乱をもたらす作品なのである。