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時の法則に逆らい、映画の法則も覆した『ある日どこかで』が長く愛される理由とは

時の法則に逆らい、映画の法則も覆した『ある日どこかで』が長く愛される理由とは

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ジョン・バリーも続いて参加



 総製作費500万ドルというバジェットは、あらゆる意味で足かせになっていた。同じく脚本に魅せられていたジェーン・シーモアは、映画音楽を依頼するならジョン・バリー以外にいないことを監督に直談判する。だが、シュワルツは残念そうに答えた。そんな予算はないと。納得がいかないシーモアは、旧知の間柄だったバリーにやはり直接ストーリーを説明し、言い値で引き受けるという願ってもない答えをもらう。


 こうして、映画の随所でエモーションを掻き立て、引いては押し寄せる波のように、観客の心を浸食していく究極のメロディが、名士ジョン・バリーによって提供されることとなる。



(C) 1980 Universal Studios. All Rights Reserved. 


 バリーは劇中で使用される楽曲を物語のイメージに合わないという理由から、原作に登場するグスタフ・マーラー作"交響曲第9番ニ長調"から、ラフマニノフの"パガニーニのラプソディ"に変更すべきだと進言する。すでに、彼の中で物語に相応しい音のイメージが完成していたのだ。しかし、バリー自身が作曲したメインスコアこそが、映画の世界観をより強く決定づけている。メロディが作品をカルトに押し上げた最大の立役者と言っても過言ではない。


 ピアノのソロで始まり、そこに徐々にオーケストラがかぶさっていく音の増幅が、時を超えて出会えた恋人たちを終始、祝福し続ける。同じスコアがエンドロールで流れるとき、観客の涙腺は最大限に緩んで収拾がつかない。まさに、"Tear-Jerker"。時の掟に従い、決められた時間軸を生きるしかないすべての人々の思いに寄り添う、限りなく感傷的で同時に秀逸なメロディである。



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