配役の妙と、映画ならではのアレンジ
町田一役の細田佳央太と猪原奈々役の関水渚は、演技経験がほとんどない新人。石井監督は「オーディションを重ねるうちに、“まっさらな”人たちがいいんじゃないかという判断になった」と語っている。
確かに、役を演じる俳優を前にしたとき、観客はその俳優が過去に演じた役や、演技を離れた時のインタビューやテレビ出演時の発言などによって形成されたキャラクターイメージを、今見ている役に重ねて見る傾向がある。したがって、特に町田くんのような「稀有な存在」を実写映画で成立させるためには、ほぼ無名で色のついていない新人はうってつけだ。それに、細田佳央太は原作の町田くんに似たサッパリ系好男子のルックスだし、無表情の時もがむしゃらの時も善人ムードが漂っている。
『町田くんの世界』(c)安藤ゆき/集英社 (c)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会
猪原奈々は、かつていじめに遭ったせいで「人が嫌い」になったが、高校一のモテ男子からもアプローチされるほどの美少女という設定。演じる関水渚は、松たか子のような古風な和顔美人と、尾野真千子の鋭さや勝気さを感じさせる顔立ちを足し合わせたような、ピュアな華やかさと凛としたシャープさを併せ持つ。
2人の同級生に配役されたのは、岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀。明らかに大人びて見える主演級俳優4人を周りに配することで、新人2人の演技をサポートすることに加え、町田くんと猪原さんの純粋さや(恋愛に関する)未熟さを際立たせる意図もあったはずだ。
『町田くんの世界』(c)安藤ゆき/集英社 (c)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会
映画らしいアレンジと言えば、まずは町田くんの走りだろう。原作にあった「50m走が12.4秒」という情報から、監督らは全力で走ってそのタイムになる動きを研究し、細田に訓練させたという。猪原さんに向かって走る町田くん、逃げる猪原さん、しかし2人の距離は一向に縮まらない。町田くんの全力疾走は序盤から中盤までで貴重なアクションをもたらし、大いに笑わせてもくれる。
高校の使われていないプール、川の土手、川にかかる橋など、繰り返される水辺のシーンは映画のオリジナルだ。「水」は、羊水の連想から「誕生」や「再生」を象徴するとともに、三途の川の「生と死の境」という不吉なイメージも伴う。プールサイドから町田くんと猪原さんを見つめるつがいのマガモは、陸と水中(生と死)を自由に行き来し、翼で空も飛べることから、「神の使い」と解釈できなくもない。