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『町田くんの世界』安藤ゆき×石井裕也。異才の掛け合わせで飛躍した映画

『町田くんの世界』安藤ゆき×石井裕也。異才の掛け合わせで飛躍した映画


 町田くんは人が好きだ。困っている人を必ず助け、頑張っている人を全力で応援する。出会った人みんなから好かれる“天性の人たらし”で、しかもそのことに無自覚。


 他人の恋心にもいち早く気づく16歳の高校生男子なのに、なぜか自分の恋はわからない。だがある出会いにより、心の中に「わからない感情」が生まれ、町田くんの世界は大きく動き出す――。


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“恋がわからない”型破りな少女漫画主人公



 個人的なことを少し書かせてもらうと、日常的に漫画を読む習慣がなくなって久しいのだけれど、映画化された作品を鑑賞したあとに、原作も読んでその世界をもっと知りたいと思うことがまれにある。去年の公開作では 『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』がこれに該当し、本作『町田くんの世界』もまたそうだった。


 同名の原作漫画は、安藤ゆきが別冊マーガレットで2015~2018年に連載。2016年には、第20回手塚治虫文化賞の新生賞(斬新な表現、画期的なテーマなど新しい才能を示した作品に与えられる)を受賞した。現在は集英社から刊行されたコミック全7巻で読むことができる。


 主人公・町田くんのキャラクターが型破りなのは、冒頭に書いたように、自分自身の恋の感情がわからないということ。少女漫画でも映画でも、初恋のときめきを描く作品は無数にあるが、そのほとんどで登場人物はそうした未知の感情を「恋」だとすぐに自覚するか、周囲に指摘されるなどして早々に気づく。


 しかし町田くんの場合、物語全体(漫画では全27話)を通じてようやく理解するのだ。保健室で“出会った”クラスメイトの猪原奈々に対して生まれた“わからない感情”、彼女と接する機会が増えるにつれて大きく育っていくその感情が、「恋」だということに。


 町田くんはメガネ男子で一見秀才風だが、成績が悪く、運動もできない(50m走が12.4秒)。でも単なる「鈍(どん)くさい」人ではない。周囲の人(たいていは困っている人)の気持ちを感じ取り、それに的確に応える言動が並外れて素晴らしいのだ。町田くんの原動力は「人が好き」という気持ち。博愛主義者のようでもあり、聖人のようでもある。




 原作で猪原さんが町田家に招かれるエピソードで、町田くんの「一(はじめ)」と猪原さんの「奈々(なな)」という名前をめぐる印象的な会話がある。未読の方はぜひコミックにあたっていただきたいが、数字の「1」と「7」の示唆から連想した2つの「話」がある。


 第1は、作品のタイトルにも関わることだが、旧約聖書「創世記」に出てくる天地創造の話。1日目に神が天と地を作って世界が生まれ、2日目から6日目にかけて空と海、さまざまな生き物と人間を作り、7日目に休んで世界の創造が完結するという経緯が描かれる。


 漫画でも、天の賜物のような町田くんが登場して物語が始まり、最後に猪原さんへの「恋」を自覚する、つまり「自分の心に猪原さんを(真に)受け入れる」ことで世界が完結する。作者・安藤ゆきは「町田くんの世界」というタイトルにそうしたニュアンスも含めたのではないか(偶然かもしれないが、コミックが7巻で完結するのも象徴的だ)。


 第2は、中国の老荘思想の書「荘子」に記された「渾沌(こんとん)」の話。かいつまんで書くと、渾沌という名の帝王が南海の帝と北海の帝を歓待し、二人の帝王が返礼にと、のっぺらぼうのような渾沌の顔に人の「七孔(目2つ、鼻2つ、耳2つ、口1つ)」を1日に1つずつ開けていったところ、7日目に渾沌は死んでしまう。「手つかずの自然=渾沌(カオス)」に「人間らしさ=秩序(コスモス)」を加えると、自然のままの理想的な状態(無為自然)が失われるという、老荘思想の説話だ。


 「町田くんの世界」に関連づけると、無私無欲で聖人のようだった町田くんが、恋愛感情という人間らしさを獲得することによって、誰でも平等に助ける“聖性”を失う代わりに、一人の女性を愛する“普通の人”になる、と解釈できるのではないか。



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