『タッカー』夢に挑む男たち、フランシス・フォード・コッポラとプレストン・トマス・タッカー

「創造的であれ！」――コッポラが伝えたかったこと

　この作品が作られた頃、よく言われていたのが、コッポラ自身とタッカーとの共通点だ。先駆的なアイデアと夢を持つことが何よりも大切である、と信じていたタッカーは、大胆な実験を好んだコッポラ自身と重なるところがある。

　コッポラはもともとギャンブラー的な資質を持つ監督として知られてきた。べトナム戦争を題材にしながらも、人間の心の闇に踏み込んでみせた『地獄の黙示録』は、アジアのジャングルで撮影することで、予期せぬ出来事が次々に起きて、予算も膨大になってしまう。度重なるトラブルもあり、監督自身がロケ先の密林で正気と狂気の間をさまよう事となるのだ。しかし、監督はあきらめることなく、最後まで作品を撮り続けた（完成した映画は賛否両論巻き起こった）。

　自分のスタジオをつぶすことになる『ワン・フロム・ザ・ハート』は現在のデジタル撮影を先取りしたような映像の実験が行われたが、批評的にも興行的にも惨敗だった。

　また、ゾエトロープ・スタジオは既成のハリウッドのスタジオとは異なる自由で新しい方向をめざしていただが、残念ながら閉鎖となった。

『タッカー』Tucker: The Man and His Dream TM & (C) 1988 Lucasfilm Ltd.(LFL). All Rights Reserved.

　夢を持ち、それに挑戦し、失敗に終わることもある。でも、それでも立ち上がって、新しいアイデアをふくらませる。コッポラはそんな映画人生を送ってきたのだ。ジョージ・ルーカスはそんなコッポラやタッカーについてこうコメントする――「いろいろなことがあっても、タッカーは自分のアイデアを大事にしていた。フランシス自身もそうだ。何かに失敗しても、今度は別のアイデアをひねり出すんだよ」

　コッポラ自身は『タッカー』の宣伝で88年10月に来日した時、来日会見の席でこんな忘れがたい発言をしていた。

　「たとえ、それ自体が成功しなくても、そこにある発想の芽はいつか認められる。だから、常に創造的なことをめざすべきだ」

　“創造的であれ！（Be Creative）”という言葉を、その席では何度も繰り返していた。コッポラ本人はがっちりした体つきで、人間的な大きさとカリスマ性を見せた。当時、多くの俳優たちが一緒に仕事をしたい監督のひとりにあげていたが、確かにこの人にならついていきたい、と思わせる独特のパワーがあった。

　そんな監督同様、タッカーも価値ある挑戦に挑んだ。生きている間に製造できた車はわずか５１台だったが、映画製作時（製造から40年後）には47台がきちんと稼働していて、劇中にも何台か登場する。コッポラとルーカスも所有していて、その車の革新性は後世になって評価されている（ちなみに日本のトヨタ博物館にも所蔵されている）。

『タッカー』Tucker: The Man and His Dream TM & (C) 1988 Lucasfilm Ltd.(LFL). All Rights Reserved.

　この映画にはけっして忘れることのできない名セリフが登場する。最初はビジネスだけが目的でタッカーに協力していたワケありパートナー、エイブは、彼やその家族とのつきあいを経て変わり、主人公にこんな告白をする。

　「子供の頃、母は人の側に行くと“バイ菌（ジャーム）に感染する”と言っていました。でも、私はそれを“夢（ドリーム）”と聞き間違えた。夢は感染する、と。私はあなたと、最初はお金目的でつきあっていたが、今は違います。あなたの夢に感染したんです」

　創造的な夢やアイデアには人を動かす力がある。タッカーの失われたロマンには、ほころびも見えるが、完璧すぎないからこそ、むしろ美しい余韻を残すのかもしれない。

文： 大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」（河出書房新社）他、

訳書に「ウディ」（Ｄ・エヴァニアー著、キネマ旬報社）他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。（ http://www.gei-shin.co.jp/comunity/18/act19.html）

今すぐ観る

作品情報を見る

『タッカー』

Blu-ray・DVD：¥4,800＋税

発売元：是空/TCエンタテインメント

販売元：TCエンタテインメント

Tucker: The Man and His Dream TM & (C) 1988 Lucasfilm Ltd.(LFL). All Rights Reserved.

Oscar(R) and Academy Awards(R) and Oscar(R) design mark are the trademarks and service marks and the Oscar(C) statuette the copyrighted property, of the Academy of Motion Picture Arts and Sciences. This site is neither endorsed by nor affiliated with the Academy of Motion Picture Arts and Sciences.