2017.09.14
夏休みに一歩を踏み出した子どもたちの意外な背景
チックは、マイクのクラスにやって来た転校生。夏休みの最初の日、盗んだ青いロシア車ラーダ・ニーヴァでマイクを“ワラキア”までの無免許の旅に誘う。ルーツを訪ねられ、ヴォルガ・ドイツ人だと答えるチックは、80年代のチョウ・ユンファを思わせるアジアな風貌。ヴォルガ・ドイツ人とは、ロシア帝国時代、ドイツ出身の女帝エカテリーナ二世の頃にロシアに入植したドイツ人のこと。自治州まで形成したが、ヒトラーが政権を取った後カザフスタンに追われ、長いことドイツへの帰還も許されなかった。チックがアジア系の容貌である背景にはそんな歴史がある。
自分に自信が持てず、クラスで浮いた存在のマイクは、クラス1の美少女タチアナに片思い中。パーティーに招待されていないにも関わらず、タチアナへの誕生日プレゼント用に、彼女の肖像画を描いている。この絵がすごくいい。スケールを取り、丁寧に描かれた鉛筆画を見ると、マイクの几帳面さと、それだけに収まらない才能がよく分かる。マイクの父親は宅地開発業を営んでいるが、今は事業がうまくいっておらずプール付きの瀟洒な家は抵当に入ってしまっている。母親はマイクといい関係を築いているものの、父の愛人の存在のせいか、しょっちゅう飲んだくれている状態だ。
ゴミ捨て場にホースを盗みに来たマイクとチックを驚かす、廃屋に潜んでいたイザは、何かから逃れて実の姉のいるプラハに向かっている。薄汚れてボロボロになった衣服と洗っていない長い髪で強烈な臭いを放つ彼女だが、貯水池で身体を洗うとなんとも美しい瞳の少女が現れる。このあたりの描写はまるで、ドイツの童話によくあるお姫様の物語のようだ。本作では彼女の背景は細かく描かれないが、実は彼女を主人公にしたスピンオフ小説が存在し、そこでは詳しく綴られている。それによるとイザは性的虐待にあっていたのだそう。ただ、原作者のヴォルフガング・ヘルンドルフがこれを遺作に2013年に死去したため小説自体は未完で終わっている。