役者とは、因果な職業だ。人気になればなるほど“顔”が売れ、「役者」としての存在が「役」の障害にもなってしまう。しかしごくまれに、観客の中にある役者個人のイメージを突き抜けて、役にしか見えない瞬間が訪れる。『ミッドナイトスワン』(9月25日公開)で草彅剛が見せた演技は、まさにその領域に達している。
誰もが知るトップスター・草彅剛。にもかかわらず、画面に映るのはひとりの哀しきトランスジェンダーだ。都会の片隅で生きる凪沙(草彅剛)のもとに、親戚の娘・一果(服部樹咲)が預けられたことから始まる、奇妙な同居生活。最初はコミュニケーションすらままならなかったふたりだったが、凪沙は一果の「バレリーナになりたい」という夢を知り、彼女のために生きることを決意。それは、「一果の母になりたい」という愛の芽生えでもあった。
『下衆の愛』(16)やNetflixオリジナルシリーズ『全裸監督』(19)の脚本・監督を務めた内田英治が、渾身の思いで書き上げた物語は、草彅剛というプリマを得て、劇場の大スクリーンへと羽ばたいていく。必ずや、観る者の心を強く震わすことだろう。
CINEMOREでは、計3回にわたって本作のインタビューを実施。今回は、キャリアハイといっても過言ではない驚異的な名演を見せた草彅に、話を聞かせてもらった。
Index
内田監督とは最高のコンビになれた
Q:作品を拝見して、草彅さんの憑依演技がすさまじく、素晴らしかったです。役を引きずってしまうことはなかったのでしょうか。
草彅:基本的にはないですね。もちろん1日の撮影の中で、「ここまでは撮りきる」という目標は掲げて取り組むんですが、帰宅して寝たりお風呂入ったりすると、忘れちゃうんです(笑)。
Q:毎日リセットして、翌日の撮影に挑むという形だったんですね。
草彅:そうですね。印象的だったのは、今回の撮影は本当にスムーズだったんですよ。現場のリズムがすごくよくて、声を荒らげる人もいなくて、ずっと穏やかな空気が流れていて。その辺りの雰囲気作りは、内田監督がかなり意識されていたそうで、「オラオラ系はなしで、しっとり系でいきましょう」とおっしゃっていました。
お陰で、みんな落ち着いて撮影できたんじゃないかな。全員が同じ方向を向いていたし、みんなが凪沙を作ってくれましたね。いいチームワークでした。
たとえばメイクや衣裳も、基本的にはお任せでした。というのも、この役って余計なことをしちゃうと、途端にクサくなってしまう気がしたんですよ。だから、用意していただいたものに「足す」という考えはなかったです。
Q:内田監督は「カメラテストを行わなかった」とおっしゃっていましたが、いきなり本番という撮影環境は、いかがでしたか?
草彅:僕はカメラテストがないほうが好きですね。リハーサルをたくさんやって作り込んでいく監督ともお仕事したことはありますし、その素晴らしさは十分わかっているんですが、今回の役は計算してやっても、上手くいかないんじゃないかって直感があったんですよ。
テストをやらないぶん、「ここではこうしよう」とか変に自分の中でプランを立てられなかったから、どんどん僕自身に近くていいんだ、と思えるようになっていったんです。無理に上げ下げせず、今日の体調でやればいいんだ!と思えて(笑)、とても良かったです。
たぶん、こういう撮影形式じゃなかったら「女性らしさって何だろう?」とか意識しすぎちゃってた。監督はきっと役者の「作為」みたいなものが見えてしまうのは好きじゃないタイプでしょうし、僕も作り込みたくなかったし。
そういった意味でも、内田監督とは最高のコンビですね。