黒沢監督が驚嘆した、録音部の神業
Q:お話を伺っていてもチームワークが垣間見えるのですが、『スパイの妻』の制作自体は、かなりスムーズに進んだのでしょうか。
黒沢:プロデューサー陣がもう少し予算や内容について「これはやめて」「ここはこうして」と言ってくるかなと思ったのですが、ほとんどなかったですね。もともと、濱口と野原のコネクションで集まってくれた方々だったからかもしれない。
企画を通すのにそれなりに苦労はあったそうですが、うまく通してくれました。
Q:撮影に関しては、時代劇だからこそ街中などで即興的にカメラを回すことができなかった、という“縛り”があったそうですね。
黒沢:現代の東京で撮る場合ですと、その日の天候や状況、またはプラン変更などで「ちょっとずらそう」と変更できるんですが、今回は「ここで撮る」となったら1ミリもはみ出せない。ちょっと動かしてしまうと、当時あってはいけないビルとか、色々と映りこんでしまうんです。
撮る場所を決めて、フレームの中を完璧に作りこむ。こういった経験は初めてでした。
Q:作品を拝見していて、画面の奥と手前を行き来する「縦の演出」がすごく面白かったのですが、それもいまお話しいただいたような環境から生まれてきたものだったんですね。
黒沢:そうですね。最初から狙っていたわけではなく、必然から生まれたものです。
野原:僕からも黒沢さんにお聞きしたかったのですが、現場の“音”はどう処理されたのでしょう。線路や道路が近い撮影場所もあったかと思うのですが。
黒沢:僕もどういう技術を使ったのか詳しくはわからないのですが、録音部がめちゃくちゃ優秀だったんです。NHKの専門のチームが来てくれて、彼らは百戦錬磨なんですよね。
すごいなと思ったのは、メインキャストのシーンで、アフレコでセリフを入れ替えたところが一つもないんです。全部現場で録った音をそのまま使用している。ということは、その時点で雑音が入っていないんですよね。電車や車の走行音が入らないように現場でも気を配りましたが、それでも普通は入っちゃいますよね。大河ドラマのチームならではの技術があるんでしょうね。