『由宇子の天秤』春本雄二郎監督 シリアスな社会性と娯楽性を高度に一致させた今年度最重要作は、いかにして生み出されたのか【Director’s Interview Vol.141】
役者の想像力を奪わないためのリハーサル
Q:由宇子は、信念を貫くために身内にも容赦なく携帯のカメラを向けてしまう。カメラの暴力性を分かっていて、それを効果的に使う人です。テレビディレクターである私から見ると、ちょっと嫌な人だと思ってしまいます。由宇子はなぜあのようなキャラクター造形がなされたのでしょうか。
春本:由宇子は自分がやっていることに自信を持っているキャラクターです。自分自身が正しいと思っていた人が、足元をすくわれた時どう行動するか。それを描くためのキャラクター設定ですね。
Q:由宇子を演じた瀧内公美さんは、どんな風に役作りをされたんでしょうか。
春本:どうでしょうね。彼女と「どうやって役を作っているの」、みたいな話はしなかったので。
Q:そうなんですね。
春本:僕は基本的に、役者とそういう話はしないんです。それはしても意味がないことだから。逆に僕が演出する時に「監督、どうやって演出しているんですか?」みたいなことを、役者からも聞かれないし、そういう話はしないですね。
『由宇子の天秤』© 2020 映画工房春組 合同会社
Q:リハーサルはどれくらいの期間やられたんですか?
春本:全部で10日ぐらいです。ほぼ全シーン行っているんですが、そこまでちゃんとリハーサルができる制作体制の映画は、今の日本では珍しいと思います。
Q:入念なリハーサルで細かく修正しながら、演技が固まっていったということなんでしょうか。
春本:そうですね。ただ役者には「こうやってください」みたいな、細かい事をなるべく言わないようにしていました。「言葉」って便利なようで危険なものなんです。映画は小説などと違って、言葉じゃない部分の方が大事だと思います。役者やスタッフとのコミュニケーションツールとして、言葉はもちろん使うんですが、あまりそれに頼りすぎると、想像力が削られていくと思うんです。自分のイメージが、安易な言葉に変換されて役者に吸収されてしまい、せっかくの想像力が失われるということも起きかねないですから。
Q:ではリテイクもあまりされないんですか?
春本:それは違いますね。単純に彼らが提示してきたものを、なるべく生かしたいということです。ただ私の中には確実な指針があって、それを超えているか超えていないかというジャッジですね。
Q:超えてきたら採用する。
春本:そうです。超えてきたらOKで、超えていなかったらもう1回。さらに、お互いが想像したものを一度リハーサルで付き合わせてみて、そこにわずかなズレが生じていたなら、修正する。それを何度も辛抱強く繰り返します。
Q:春本監督は、役者さんの人間性やキャラクターが、演じる役になるべく近いと感じられる人をキャスティングするそうですね。
春本:そうですね。役者さんのパーソナリティに合わない役をキャスティングしてしまうと、結局その役を演じるために想像するカロリーを増やすだけなので。そういうカロリーをなるべくゼロに近づけた方が、別のところに力を使えるわけです。要は「中華料理に向かない食材を、わざわざ中華料理に使うの?」みたいな。「だったらこの食材使えばいいのに」ってことってあるじゃないですか。
Q:その食材を、この料理に無理に使わなくてもいいでしょ?みたいな。
春本:そうそう、たまに料理番組でもありますけど。「別にその食材は中華料理にしたほうが旨いんだから中華でいいじゃん」、みたいなことですね(笑)。