市川準と相米慎二、レジェンドたち
Q:CM出身やドラマ出身というと、市川準さんや岩井俊二さんといった先駆者の方々の名前が浮かびます。出自が似ているということでお二人は意識されていたりはしますか。
大根:CM出身の映画監督という出自で言うと、吉田さんは完全に市川さんの直系ですよね。
吉田:細かく言うと系統は違うんですが、僕がCM業界に入った頃は市川準さんの全盛期だったし、その後もずっとトップディレクターの一人で、当然自分も若い頃からずっと意識してきたお名前でした。直接お目にかかったことはないですが、準さんが担当していた商品CMの演出をたまたま引き継いだことがあって、プロデューサーが「準さんが褒めてたよ」と教えてくれたときは嬉しかったです。忘れられない思い出ですね。
Q:市川準さんは映画監督になった後も、並行してたくさんCMを撮られていたみたいですね。 ※参考:『トキワ荘の青春』伝説のアパートを舞台に描く若き漫画家たちの光と影(後編・撮影編)
大根:『トキワ荘の青春』(96)の時は、かなり並行してやられてたんじゃないですか。撮休の日にCMの打ち合わせをしていたと聞いたことがあります。
吉田:確かお亡くなりになったのもCM仕上げの直後ですよね。現役のディレクターとして、最後までCMを精力的に撮られていた印象があります。
大根:市川さんの映画だと何が好きですか?
吉田:僕は『トニー滝谷』(05)です。美術を市田喜一さんが担当されたのですが、屋外でいくつかの壁を自在に組み合わせて望遠で撮ることで、独特の雰囲気が生まれて、それが「トニー滝谷」というちょっとフワッとした話に絶妙に合ってる。
大根:たしか苦肉の策なんですよね。予算がなくて。
吉田:苦肉の策とはいえ、あんなに鮮やかな切り返し方はあまり見たことがないです。大根さんは何が好きですか。
大根:僕やっぱり『トキワ荘の青春』ですね。あの映画に登場する漫画家たちは、漫画読みとしての世代的にモロだから、トキワ荘モノはとにかく好きなんですけど、漫画を描いた映画の金字塔というかお手本というか。だから『バクマン。』(15)では本当に参考にさせていただきました。『トキワ荘~』のカメラマンが小林達比古さんで、Bカメを蔦井孝洋さんがやられていて。この間、蔦井さんと一緒にCMをやった時、トキワ荘の話をしたら「じゃあ明日台本持ってきてあげるよ」と言って持ってきてくれたんですよ。それで台本を見てみたら原型が全くないんですよ、全部差込み*で。現場でほぼ全ページ直していて。怖いなと思いましたね。
*)差込み:撮影期間中に追加されるシーンの脚本
吉田:元の脚本は準さんが書いてるんですか?
大根:3人ぐらいで書かれているんですけど、全然跡形もないですよ。全部貼ってあるんですよ、自分で書いた紙が。
吉田:準さんはKINCHOの名作CMも沢山撮られていて、その時もプランナーと相談してその場で台詞をどんどん変えていたはずです。大滝秀治さんや桃井かおりさんたちを相手にそんなこと、想像するだけで痺れます。
Q:周りもちょっとドキドキしますよね。
吉田:映画とはちょっと違って、CMの場合は色々撮ってみて後で決めますという提示の仕方を俳優にするから、結構ピリついたんじゃないかな。準さんもその中で鍛えられたからこそ、撮影ギリギリまでベストの台詞を探るのが当然で、それが積み重なって差込みだらけの台本になっちゃたんでしょうね。
大根:市川準さんが撮られていた90年代って、日本映画のいい部分が残っていた最後の時代という感じがして、それが各作品に全部残っている印象がありますね。この前久々に『つぐみ』(90)を見たんですけど、とても良くて「何この豊かな映像!」と思いましたね。
牧瀬里穂さんが最高に良いんですよ。『つぐみ』と同じ年に相米慎二監督の『東京上空いらっしゃいませ』(90)があって、撮影は相米さんの方が先だったんですけど、牧瀬里穂さんは相米さんにボッコボコにやられて鍛えられて、『つぐみ』の撮影に入ったから良かったらしいんですよ。相米さんと市川さんの作品ということも含めて、同じ年にあの2本があったという事がすごく重要だなと思っています。いつかちゃんと検証したいですね。
Q:相米さんは映画だけ撮っているイメージがありますが、実はCMも撮っていますよね。
吉田:相米さんがCMをやる時は、町田博さんが撮影されることが多かったんです。相米さんの遺作となった映画の『風花』(01)も撮影町田さん、照明木村太朗さんという布陣でした。相米さんと一緒に仕事をされた方は皆さん、相米さんの事が好きですよね。
大根:去年、中井貴一さんとドラマをやっていて、ちょっと『東京上空いらっしゃいませ』(90)の話を振ったら2時間ぐらい喋られてましたね。みんな大好きですよね。
吉田:僕も別の俳優から聞いたことがあります。
大根:『太陽を盗んだ男』(79)のチーフ助監督兼B班の監督もやられてましたよね。
吉田:映画に残っているか記憶が定かではないですが、長谷川和彦監督に「アリが地面を歩いてるカットを撮って来い」と言われて、そのためだけに相米さんが膨大なフィルムを回したので、流石に監督も怒ったというエピソードを、何かで読みました。