普通の日常を描くために
Q:出てくる登場人物たちは、それぞれの日常を普通に生きています。ドラマ的な感情の起伏が全くと言っていいほど出てきませんが、その意図を教えてください。
早川:普段生活する中では、そんなにドラマチックなことは起こらないですし、日常の中に、<プラン75>のような脅威が自然に溶け込んでいるという光景を描きたかった。俳優陣にも、なるべく感情的な表情や話し方を避けてもらうよう伝えていました。
Q:感情だけではなく、全体的なストーリーの起伏に関しても、それを増幅させるような演出は施されていません。
早川:そうですよね。ストーリーの起伏が少ないので、つまらないと思う方もいらっしゃるかなと。編集作業を進めながら、少し不安もありました。
『PLAN 75』©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee
Q:起伏が無くて淡々と進んでいくにも関わらず、ものすごく引き込まれていく感覚がありました。また、細かい点ですが、テレビのニュース音や役所でのアナウンスなど、声の入った環境音がとても印象に残ります。普通の日常を感じつつも、どこか他人事な客観性を強く感じました。
早川:環境音や効果音はかなり意識して入れています。映画を見た方から音が印象的だったと言われることも多くて、映画にとって音の要素はとても大事なものだと。
今回は、編集、音楽、サウンド、カラーグレーディングをフランスでやっているので、音に関してもフランス人のサウンドデザイナーと一緒に作っていったのですが、完成版を試写した日本人スタッフからは、「いい意味で、日本映画っぽくない違和感がある」と言われました。環境音の入れ方が、通常の日本映画とは異なるようで。あえて環境音を後から加えたシーンでも、「撮影現場の外の音が入っちゃったんですか?」と聞かれるほどでした。
普段の暮らしの中で聞こえてくる様々な音を聞かせることで、登場人物達の生活をリアルに描写し、音によって感情を喚起したいという意図がありました。
Q:音に加えて、撮影の浦田秀穂さんが捉える冷たく硬質な画もとても印象的でした。
早川:浦田さんの力はすごく大きかったです。浦田さんはシンガポールを拠点に世界で活躍されているカメラマンで、プロデューサーの紹介で今回ご一緒することになりました。たまたま浦田さんが日本に滞在されていたタイミングで最初のご挨拶が出来ましたが、それ以降は日本とシンガポールでリモートでのやりとりでした。そこで、どういった映画が好きか、どんな映画にしたいか、どんな画が好きでどんな画は嫌いかなど、撮影に入る前にとにかく沢山話をしました。お互いに好きな映画の傾向が似ていて、NYに住んでいたことなど共通点も多く、本当に幸運な出会いだったと思います。才能があるだけでなく、人間的にも素敵な浦田さんには、映画についても多くを学びました。