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『スープとイデオロギー』ヤン ヨンヒ監督 母の料理が国家とイデオロギーを超克する瞬間を描く【Director’s Interview Vol.213】

『スープとイデオロギー』ヤン ヨンヒ監督 母の料理が国家とイデオロギーを超克する瞬間を描く【Director’s Interview Vol.213】

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ヤン ヨンヒ監督は、『ディア・ピョンヤン』(05)、『愛しきソナ』(09)といったドキュメンタリーで、北朝鮮へ渡った兄たちと家族の想い、そして兄たちを送り出した両親の葛藤を描いてきた。さらに2012年には、その体験を劇映画『かぞくのくに』に結晶させることに成功した。


そんな彼女の最新作が、自身の母の人生にスポットをあてた『スープとイデオロギー』だ。本作のカギとなるのは1948年に起きた「済州四・三事件(チェジュよんさんじけん)」。日本の植民地から解放された半島はアメリカと旧ソ連が分割統治した。米軍政下の韓国では、南だけでの単独選挙が行われようとしたが、分断を決定づけるとして国民の反発が激しかった。特に済州島では単独選挙反対の声が大きく、これを押さえつけようと韓国軍による島民の大量殺戮が起こった。大阪府ほどの大きさの島で3万人もの人が殺害されたと言われる。この事件をヤン監督の母は体験していたのだ。


ヤン監督は壮絶な事件の記憶を封印していた母にカメラを向けることで、その記憶を敢えて掘り起こし、作品として次世代に伝えることで母を解放しようとする。そして本作はスープに象徴される家族の営みが、国家や民族のイデオロギーを克服する可能性も提示する。ある家族の営みを表現したミニマルな映画でありながら、国家や民族とは何か?という強い問いかけを発する秀逸な作品である。


ヤン監督に製作の経緯を語ってもらうことで、本作の意味合いがより明確に浮かび上がってきた。映画とともに本稿を楽しんで頂きたい。


Index


当初母を撮る気はなかった



Q:『スープとイデオロギー』は『ディア・ピョンヤン』(05)と同様に、映画の前半、ヤン監督がご両親と食卓を囲むシーンがありますね。


ヤン:あれは『ディア・ピョンヤン』から持ってきた映像ですね。


Q:『ディア・ピョンヤン』ではお父さんの生き様、本作ではお母さんの人生を描いたのが印象的でした。本作でお母さんを描こうと思った理由は、何だったのでしょうか?


ヤン:私はどちらかというと、母は撮りたくなかったんです。父は私に甘かったし、私も父親っ子だったので、『ディア・ピョンヤン』が撮れたんだと思います。


Q:『ディア・ピョンヤン』では、お父さんがずっとニコニコしていましたね。


ヤン:私がカメラを持っている時は、両親は警戒心があったと思うんです。娘は家族のことを何でも外に向けて出しちゃう人間だから、「カメラの前では、これは言わない」って決めていたと思います。


それでも父は娘に甘くて、ついポロっと本音を言ってしまう。テレビで拉致問題について報じている時に私がカメラを回すと、父は眉間にしわを寄せて、「あれだけは、やらんかったらよかったのに…」みたいな顔をしているんです。でも、母はその場からすっと消えてしまう。自分が聞きたくない情報を、ぱっとシャットアウトするのがすごく上手なんです。そんな母を見て私は「ズルい」と思っていました。でも処世術という意味では「さすがだな」とも思います。悪い部分を見ないようにすることで、なんとか北朝鮮を信じ続けられるという思いがあったのかも知れません。



『スープとイデオロギー』(C)PLACE TO BE, Yang Yonghi 


Q:ヤン監督の3人のお兄さんは1970年代に「帰国事業」で日本から北朝鮮に渡られています。お母さんは北朝鮮で暮らす息子さんたちを何度も訪ねていたんですよね。


ヤン:母は父以上に何度も北朝鮮に渡航していました。父は朝鮮総連の代表団として訪朝していましたが、母は家族訪問という形で、たくさんの衣料品や薬を持って北朝鮮に行き、アパートに長期滞在していました。田舎の親戚の家にも長期滞在したことがあるので、北朝鮮の本当の姿をよく知っているわけです。それでも、母はそういうことを家では語らないし、カメラの前では絶対に言いませんでした。だから私は「母の本音を撮るのは不可能かも」と思っていたんです。(笑)。


あと『ディア・ピョンヤン』で父が、兄たちを北朝鮮に帰国させたことに対する本心をカメラの前で言ってくれて、その後、劇映画の『かぞくのくに』を私が撮ったので、朝鮮総連の中では問題になったと聞きました。これ以上私の作品のせいで、北朝鮮にいる兄弟の安否を心配するのは、私ももたないと思いました。だから家族のドキュメンタリーはもうやめようと思っていたんです。でもその一方で、「4・3」(済州四・三事件)については終わってない宿題のように、心のどこかに引っかかっていました。





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