密着したことで撮れた奇跡的な映像
Q:映画の中で、お母さんが明滅する蛍光灯の下で、いるはずのない家族を探し回るカットが映像として衝撃的でした。本当に素晴らしいシーンだと思います。
ヤン:あれは偶然に蛍光灯が切れかけていたんです。母と一緒にいて撮ったのは、カメラマンなんですけど、あれはちょっと出来過ぎなくらいでした。
Q:ドキュメンタリーの神様が降りてきた瞬間だと思います。劇映画ではとても真似できないシーンだと思います。
ヤン:結局ずっと密着していないと撮り逃すんですよね。インタビューを撮る時だけ行ったりとか、欲しい画だけを撮ろうとすると、何も撮れないんです。
Q:私も普段、テレビ番組の制作をしているので、よく「撮り逃した」という経験はあります。
ヤン:あの映像が撮れたのは、カメラマンの加藤孝信さんが素晴らしい方だったということもあると思います。加藤さんがすごいのは、自分の気配を消すように、ずっと部屋の端っこにいらしたり、音を発せずに頷いていらしたり、すごい安心感を与える方なんです。
『スープとイデオロギー』(C)PLACE TO BE, Yang Yonghi
Q:カメラマンの加藤さんがお母さんと二人きりになって撮影するようなことも多かったのでしょうか。
ヤン:そうですね、大阪で撮る時は、母の寝起きから明かりを消してベッドに入るまでずっと撮っていました。加藤さんはオモニがボーッと座っていても、ずっと撮っています。「待っている」というと変ですけど、アクションが起こってカメラをスタンバイしても遅いから。
Q:加藤カメラマンは、お母さんの家で寝食をともにしていたんですか?
ヤン:母の家で寝起きしながら撮ってくださっていました。ホテルに泊まる予算が厳しかったという理由もありましたが、やはりホテルに泊まっていては撮れないと分かっていたので、加藤さんには実家に一部屋用意して撮ってもらいました。
印象的だったのは加藤さんが「この家族には嫌な人が一人もいないから、撮影していても全然疲れません」って、ありがたいことを言ってくださったことです。