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『長崎の郵便配達』川瀬美香監督 死者とのコミュニケーションを通し未来を見つめるドキュメンタリー【Director’s Interview Vol.226】

© The Postman from Nagasaki Film Partners

『長崎の郵便配達』川瀬美香監督 死者とのコミュニケーションを通し未来を見つめるドキュメンタリー【Director’s Interview Vol.226】

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ピーター・タウンゼンド。イギリス空軍大佐として第二次世界大戦で英雄となった彼は、戦後にマーガレット王女の恋人となるが、その後英王室の旧弊な価値観に阻まれ破局したことでも有名だ。彼の悲恋はNETFLIXのオリジナルドラマ『ザ・クラウン』(2016~2020)でも描かれた。そしてタウンゼンドが、その後ジャーナリストとなり、数々のノンフィクションを発表していたことを知る人は少ないだろう。タウンゼンドが、ある男性の目を通して原爆の悲劇を描いた作品が「長崎の郵便配達」という本だった。この本の主人公である谷口稜曄(スミテル)さんは16歳の時に郵便配達のさなかに被爆。生涯をかけ核兵器廃絶を世界に訴えてきた。


映画『長崎の郵便配達』はタウンゼンドの娘であるイザベル・タウンゼンドが長崎を訪れ、父と谷口さんの想いを辿るドキュメンタリーだ。2人は既に鬼籍に入ってしまっているが、イザベルはカセットテープに残された父のボイスメモに誘われるように長崎の街を旅し、そこで暮らす人々の生活に触れながら、原爆の悲劇、2人の人生に思いを寄せていく。その旅路は死者との交信の中で行われる巡礼のようであり、イザベルの静謐にして雄弁な佇まいは観客を様々な思いへと駆り立てずにはおかない。この得難い世界感を提示した本作の製作過程を、川瀬監督に語ってもらった。


Index


絶版だったある本との出会い



Q:イザベル・タウンゼンドさんと出会い映画化するまで、どんな経緯があったのでしょうか。


川瀬:2014年に「ある人が絶版の本を復刊したがっているので話を聞いてあげてほしい」と依頼されました。その本が「長崎の郵便配達」でした。図書館で借りて読んでみたところ、とても感銘を受けました。そこで確認したら、本の復刊を望んでいるのが本のモデルとなった谷口稜曄(スミテル)さんご本人だというので驚いてしまいました。


まずはなぜ復刊を望んでいるのか、ご本人にお会いして聞いてみました。谷口さんは作者のピーター・タウンゼンドさんの話になると、笑顔になるんです。そして、ピーターが谷口さんのもとに残していったサイン色紙を見せてくれました。「字がかすれて消えてしまいそうだから、ラップをかけてその上からなぞってるんだ」なんておっしゃるから、「これはきっと2人はお友達になったんだな」と感じました。そこから本を復刊してくれる出版社を探すお手伝いをはじめたんです。



『長崎の郵便配達』© The Postman from Nagasaki Film Partners


Q:その時はまだ、映画化しようという考えはなかったんですか。


川瀬:なかったです。またその時は私が映画監督だとは谷口さんに伝えていませんでした。その後、本の出版社が何とか決まりましたが、作者のピーターさんはもう亡くなっていたので、復刊の許可をもらうためフランスにいる遺族にコンタクトをとったんです。それで2016年に私がフランスでお会いしたのがピーターの娘のイザベルさんでした。彼女とランチをして、その後「お父さんの部屋を見においでよ」と誘ってもらいました。ちょうど私がビデオカメラを持っていたので、その場でショートインタビューをやろうということになりました。そのインタビューは映画でも使っています。


Q:それが、あの冒頭のインタビューなんですね。


川瀬:はい。イザベルと「長崎の谷口さんに会いに行こうよ」って話をしていました。それを映像に記録しておこうと。


Q:そしてイザベルさんが会いに行く前に、谷口さんは亡くなられてしまいます。


川瀬:そうです。その頃谷口さんは入院されていて、なかなか連絡がとれなくなり、ちょっと不安ではあったのですが…。


Q:その時点で映画化は無理だと思われたそうですが、それを乗り越えられた要因は何だったのでしょうか。


川瀬:ピーターの肉声が記録されたテープが見つかったことと、イザベルがタフだったことが大きいですね。


Q:映画を作ろうとしたことで、あのテープが発見されたのはとても運命的ですね。


川瀬:テープの内容を聞いたら、ピーターさんにものすごく背中を押されている感じがして、「逃げるわけにいかない」という気持ちになりました。


Q:テープに残されたピーターさんの声を、娘のイザベルさんが聞きながら長崎を巡る姿がとても印象的です。その姿はまるで、イザベルさんがお父さんの魂と対話しているかのようで、しかもその背景にお盆という風習も加わります。「死者とのコミュニケーション」が作品の背骨になっていると感じました。


川瀬:お盆の時期にカメラを回したので、特にそのイメージが強くなりました。精霊流しなど長崎で行われるお盆の行事についてイザベルに説明すると、彼女はとてもよく理解してくれました。「ピーターさんと谷口さんがその辺にいて、私たちを見てくれているみたい」とよく2人で話しました。





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