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『カンフースタントマン』、黄金時代の夢【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.19】

©ACME Image (Beijing) Film Cultural Co., Ltd

『カンフースタントマン』、黄金時代の夢【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.19】

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 新宿武蔵野館で『カンフースタントマン 龍虎武師』(21)を見た。しびれた。こりゃ面白いの見ちゃったなぁと、今、そのままコーヒー西武に飛び込んでこの原稿を書いている。コーヒー西武は昭和30年代から新宿中央口で営業を続けていて、店内のレトロな内装が今、逆に人気を集めている。僕は学生時代から使っているから、すごく落ち着くのだ。中央口はコーヒー西武か名曲喫茶らんぶるだなぁ。


 『カンフースタントマン 龍虎武師』は香港アクション映画に関するドキュメンタリーだ。これがコーヒー西武並みに僕の世代にはジャストフィットする。カンフー映画の黄金時代、ブルース・リーやジャッキー・チェンやサモ・ハン・キンポーやジェット・リー等に直撃を食らった世代には見逃せない映画ではないかと思う。


 僕は中学2年で『燃えよドラゴン』(73)を食らった。当時は父の仕事の関係で福岡県久留米市に住んでいた。仲良しの友達、剣道部の伊藤勝也君とあけぼの街の映画館へ見に行ったのだが、出たときはカンフー馬鹿になっていて、2人で家までの電信柱を全部蹴っ飛ばして帰った。カンフーアクションは(特に中坊には)伝染性の強い流行だった。学校のバカ男子は全員、熱に浮かされたように放課後の教室や廊下や校庭でカンフーの物真似を続けた。学生服を後ろ前に着て、悪の親玉ハンの役を演じる。もちろんブルース・リー役は上半身裸(下は学生ズボン)。ヌンチャクも大流行して、学校持ち込み禁止になった。みんなバカになっていた。


 そのうち、8ミリで『燃えよドラゴン』を撮ろうとする者が現れた。僕は70年代のバカ男子が日本全国で『燃えよドラゴン』の真似っこ8ミリ映画を撮ったのを知っている。というのも中3の夏、やはり父の仕事の都合で川崎市多摩区に引っ越して、転校した先の中学でも撮ってる奴がいたからだ。あの頃、文化祭は『燃えよドラゴン』バカの8ミリ上映がひきも切らなかった。


 僕はほのぼののんびりした久留米市とも、仲良しの伊藤勝也君とも別れて、川崎市郊外の新興住宅地でたった1人でバカ男子を続けることになった。ブルース・リーは『燃えよドラゴン』公開時、既に亡くなっていたので、投下する燃料は名前がそっくりのブルース・リャンや倉田保昭になっていたが、カンフーはやっぱり最高だ。僕はヘンリーネックというのか、カンフー映画の登場人物が着てる「ちょい薄汚れた白Tシャツ(もしかして肌着?)」に憧れ、フツーの白Tの前をハサミで切ってお母さんにボタンをつけてもらった。川崎で1人ぼっちだから、味方はお母さんだ。


 時代は『Mr.BOO!』のホイ3兄弟や『燃えよデブゴン』のサモ・ハン、そして『蛇拳』『酔拳』のジャッキー・チェンに移ってゆく。もはやブルース・リーの(中学男子の脳天を直撃する)熱狂は遠く、エンタメとしての充実期を迎えていた。僕はこの辺もしっかりロードショーで見ている。特にジャッキー・チェンがそうだったが、アクションスタントの見せ場が語られるようになり、カンフー映画はヤバいアツいものから、ハラハラドキドキの娯楽になる。もう伊藤勝也君がいたとしても電信柱は蹴っとばさなかっただろう。代わりに「あのシーン、どうやって撮ったんだろう‥」なんて言いながら帰ったはずだ。



『カンフースタントマン 龍虎武師』©ACME Image (Beijing) Film Cultural Co., Ltd


 つまり、『カンフースタントマン 龍虎武師』は僕にとって答え合わせのようなドキュメンタリーなのだ。あの香港映画の輝ける時代、現場にいた人たちはどんなことを考えていたのか。主役級のスターではなく、やられ役のスタントマンはどんな誇りを胸に抱いていたか。事情はちょっとばかり「プロレス本」に似ている。平成になって以降、昭和プロレスの回顧本が出るたび、僕らは「あぁ、あのときの実際はこうだったのか!」「舞台裏ではこんなことが行われていたのか!」と答え合わせしている感じだ。答え合わせは無上の愉しみごとだ。心にひっかかっていた謎、うっすら感じていた違和感の正体が解き明かされる。だから、カンフー映画世代は四の五の言わずにぜひ『カンフースタントマン 龍虎武師』を見るべきなのだ。


 カンフーの殺陣のルーツは京劇だそうだ。で、そこに実戦的な武道感覚を持ち込んだのがブルース・リーだそうだ。いわれてみればブルース・リー以前(以外?)のカンフーは舞いのようであり、迫力がない。したがって、見ている中学男子の血は騒がない。アメリカ帰りのブルース・リーはカンフー映画を質的に変え、大金の稼げるジャンルにした。彼はスタントマンを大事にしたそうだ。そこもプロレスと似ているのだが、スターの輝きの裏には、リアクションを取って吹っ飛んでくれる悪役が要る。派手に吹っ飛ぶからスターの蹴りの威力が観客に伝わるのだ。ブルース・リー映画では集団戦のとき、悪役たちがいちいち大声を挙げて飛びかかってくる。あれは何かというと殺陣のタイミングを教えているそうだ。主役といえど殺陣をうっかり忘れる(殺陣が飛ぶ)ときがある。そんなとき掛け声があればごまかしようがある。その上、両方が安全だ。


 サモ・ハン、ジャッキー・チェン以降のスタントがどんどん過激化していく過程が証言構成されているのも唸った。サモ・ハンが(デブゴンどころか)危険なスタントを演出する鬼プロデューサーだったというのも感じ入った。あぁ、とにかく見てほしい。見たら僕らがどんなにいい時代を生きてきたかわかる。香港カンフー映画の栄枯盛衰を見てきたのだ。  



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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『カンフースタントマン 龍虎武師』

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配給:アルバトロス・フィルム

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