二ノ宮隆太郎が監督・主演した『枝葉のこと』(17)は衝撃だった。憮然としてのしのし歩いてくる二ノ宮が頭に焼き付いて離れない。父親を激しく罵倒するシーンにも驚いたが、父親役が二ノ宮の実の父だと知ってさらに驚いた。感情も暴力も包み隠さずスクリーンに叩きつけるような二ノ宮映画にすっかり魅了されてしまった。
その二ノ宮監督がついに商業映画デビューを飾る。主演は光石研。本作『逃げきれた夢』は光石を深くリスペクトし、脚本を当て書きするだけでなく、光石本人の人生を取材し、そのエッセンスを物語に注入したという。そして、光石の実の父も実際の父親役として出演しているというではないか(『枝葉のこと』と同じだ!)。
自身がリスペクトする俳優を主演に迎え、今回は監督に専念した二ノ宮。商業デビュー作『逃げきれた夢』はいかにして作られたのか?主演を務めた光石研と二ノ宮監督の二人に話をうかがった。
『逃げきれた夢』あらすじ
北九州で定時制高校の教頭を務める末永周平(光石研)。ある日、元教え子の平賀南(吉本実憂)が働く定食屋で、周平はお会計を「忘れて」しまう。記憶が薄れていく症状に見舞われ、これまでのように生きられなくなってしまったようだ。待てよ、「これまで」って、そんなに素晴らしい日々だったか? 妻の彰子(坂井真紀)との仲は冷え切り、一人娘の由真(工藤遥)は、父親よりスマホの方が楽しそうだ。旧友の石田啓司(松重豊)との時間も、ちっとも大切にしていない。新たな「これから」に踏み出すため、「これまで」の人間関係を見つめ直そうとする周平だが──。
Index
嘘が嫌いな人
Q:二ノ宮監督は光石さんへの憧れと尊敬から今回の役を光石さんに“当て書き”され、光石さんご自身のエピソードも盛り込まれたと聞きました。この物語はどのようにして思いつかれたのでしょうか。
二ノ宮:光石さんを主役にして、光石さんの年代以外の方にも通ずる人生を描きたかったんです。昔、自分の父親が定時制高校の教頭をやっていて、今は友人が定時制の教師をしていることもあり、思い入れのある職業なので主人公を定時制の教頭に設定しました。年齢が離れた人たちの交流を描きたかったので、学校という設定が一番良いと思ったのもあります。主人公と主人公にまつわる人間たちの話にしたいと思い脚本を書き始めました。
Q:光石さんは、ご自身ヘ当て書きされ、ご自身のエピソードも盛り込まれ、出身地の北九州が舞台となっています。ここまで自分が反映された役もあまりないかと思いますが、演じてみていかがでしたか。
光石:生まれ育った町でロケをしていますし、なんとも言えない恥ずかしさがありましたね(笑)。ただし、演じるキャラクターは僕とは全然違うので、そこは普通の役をやるのと同じように臨みました。でも場所が場所だし、実の父親の前で演じるのも初めての経験。そこもまたくすぐったいものがありました。
『逃げきれた夢』©2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ
Q:実の親御さんへの出演依頼が来たときはいかがでしたか。
光石:いやぁ、どうかなと思いましたが、一応父に投げかけたらまんざらでもなさそうで、「あ、そうか」と嬉しそうでした。撮影当日は若いスタッフがたくさんいて、彼らと一緒にやる撮影は刺激になったようです。楽しんでくれたみたいですね。
Q:『枝葉のこと』でも、二ノ宮監督と実のお父様との二人のシーンがありました。これまでの二ノ宮監督の作品をご覧になって、監督としての二ノ宮さんの印象はどのようなものでしたか。
光石:嘘が嫌いな人なんだろうなと思っていました。これまでの作品は手持ちカメラで撮っている部分も多く、リアリティを求めてカメラごと物語の中に入っていくような、そういう印象がありました。だからこそ自分の親御さんを出演させたり、今回は僕の生まれ育った場所で撮影したり、僕の父親を出したりと、フィクションじゃない部分からこぼれ落ちるようなものが好きなんだろうなと。