©「福田村事件」プロジェクト 2023
『福田村事件』森達也監督 生粋のドキュメンタリストが作る劇映画が、日本の暗部をえぐりだす【Director’s Interview Vol.349】
とにかく加害者を描きたい
Q:長年ドキュメンタリーを作り続けた森監督がドラマをやりたくなったのは、どういう気持ちの変化があったのでしょうか。
森:昔からやりたかったんです。テレビ業界に入る前は舞台をやったり、学生時代は8ミリで映画を撮ったりしていたわけです。テレコムジャパンという制作会社にテレビドラマを作るつもりで入りました。でも入社してから、「うちはドキュメンタリーだよ」って言われて。ドキュメンタリーに何の興味もないのにどうしようと思ったんだけど、ADとしてすぐに香港とタイのロケに行かされて、それが面白かった。観光では行けない香港の九龍城やタイのスラムに行ったり、普通は出来ない体験ができた。編集作業を見ていても劇映画とあまり変わらないと思いました。だったら面白いんじゃないかと、ドキュメンタリー人生が始まったわけですが、その後来るオファーはほとんどドキュメンタリーばかりで、気づいたらもう30年経ってしまいました。だからそろそろ劇映画を作りたいって思ったんです。
Q:『福田村事件』は群像劇で、加害者と被害者を含め多くの人の視点から事件が描かれています。こうした多層的な構造になったのはどうしてですか?
森:脚本チームと打合せする中で、僕はとにかく加害者を描きたいと伝えました。言ってみれば福田村の住民、何百人が加害者だった。そんな彼らの日常とか喜怒哀楽を描きたいという話をしました。それで佐伯俊道さんが中心になって、たたき台を書き、それをベースに議論しながら何度も推敲を重ねました。
Q:映画は2部構成になっていると思います。前半は福田村の人間関係、夫婦や男女の性愛が中心に描かれます。この部分は森監督と脚本チームとの間で意見が分かれたそうですね。
森:村の人々の描写が性愛のシーンも含めてトゥーマッチだと思ったんです。説明的な台詞も気になった。そもそも加害者をしっかり描きたいと言ったのは僕ですが、ここまで必要ないんじゃないかと思いました。
『福田村事件』©「福田村事件」プロジェクト 2023
Q:確かに前半を観ている時は「この映画はどこに行くんだろう」という不安を感じました。でも後半になると虐殺に至る過程が克明に描かれていく。それまでの淡々とした生活描写がすごく生きていると思いました。
森:そういう見方もありますね。
Q:その落差が衝撃的で、森監督がそういった効果を狙われたのかなと。
森:……愚痴を言うつもりはないけれど、前半から中盤にかけて、僕は映画を支配できていません。でも映画は見た人の解釈ですから。「落差のエッジが効いていました」という人もいれば、「前半で席を立とうと思いました」という人もいます。
Q:役者さんとの距離感が難しかったと別のインタビューでおっしゃっていましたが、監督は芝居に対して、かなり細かい注文をされるんですか?
森:まずは1回やってもらって、違和感がある場合にはもう1回やってもらいます。その違和感の理由がはっきり見えた場合は、「そこをちょっとこうして」と指示はします。でも大体テイク1が一番いいですよね。テイクを重ねてもあまり良くならない。特に今回は、俳優たちがみな、撮影前にしっかり役を作り込んできてくれたので、僕から言うことはあまりなかったんです。