サスペンスとテーマのバランス
Q:誰が惑星難民Xなのかというサスペンスに加え、“疑う”という行為自体が問題提起になっている。そこをシンクロさせるのはかなり高度だと思いました。
熊澤:まさにそこのあり方がすごく難しかったです。原作には“X探し”という話はなく、深いテーマが中心に描かれている。ただ、映画にするにはサスペンスのようなエンターテインメント性も必要。そこで、3人の群像劇だった原作を1人の女性に変更し、パートナー兼週刊誌の記者という目線を加えて、“Xが誰なのか?と探す”要素を追加しました。そうやって原作をマイナーチェンジさせてもらったのが、この映画の最初のアイデアでした。
Q:サスペンスとテーマのバランスは難しかったのではないでしょうか。
熊澤:最後の最後まで難しかったです。脚本作りも難しかったし、その難しさは編集まで付いて回りました。難解な話にするつもりはなく、ハラハラするエンターテインメントでありつつも、観終わった後に何かが残るものを目指しました。そのバランスは本当に難しかったので、そこに言及してもらえるのは嬉しいです(笑)。
『隣人X -疑惑の彼女-』©2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 ©パリュスあや子/講談社
Q:“惑星難民”という要素をもとに、説得力ある世界観を構築することも難しかったのではないでしょうか。
熊澤:日本の興業システムの中で、“惑星難民”という要素を成立させることはすごくハードルが高い。これがハリウッド映画だった場合は、全然違うものになったと思うんです。いわゆる“エイリアン的”な展開になり、もっとすごい話になっていく。でも今回はそうではなく、起こり得るかもしれない日常の話。コロナのように誰も想定しなかった病気が世界中で流行り始めても、自分たちの日常は続いていく。そこの世界はちゃんと描きたいと思いました。“惑星難民”というすごく広い入り口ですが、日常感とミニマムなことは大切にしたい。そこは最初から気をつけていました。
Q:細かいところですが、鉄塔の使い方が良かったです。あれを一つ挟むだけで一気にSF的説得力が増した気がします。
熊澤:この映画は良子と笹の目線で作られるべきだと思っていて、そこは徹底したのですが、彼らの恋愛関係や職場事情ばかりを追っていると、“惑星難民X”が存在する世界から乖離する恐れがある。時々「この映画はこういう世界です」とうまく示してあげないと、日常感に埋もれてしまう。そこのバランスは難しかったですね。