求められる場が変わってきたという実感
Q:藤井監督は本作の制作に際して「エンタメ」をミッションの一つに挙げられていたかと思います。実際、脚本制作時にもその意志を強く感じましたが、改めて想いを教えて下さい。
藤井:僕は自分を前面に押し出すより、「誰と作るのか」を強く意識するタイプです。河村光庸さん(元スターサンズ代表)と二人三脚でものを作るときもそうですし、自主映画時代はパートナーに合わせてどういうものを世に出そうかを考えていました。今回であれば、手を挙げてくれて企画をくれたのがTBSさんと松竹さんという、僕が今までやったことのない座組であることが大きく影響しています。テレビ局が幹事の映画は初めてだったので、映画が好きな方にも楽しんでもらいたいけれど、映画を年に1回しか観ない方でもハラハラ楽しめるものはなんだろうと考えていきました。例えば脚本を書くときの言葉のチョイスや、ロケーションのコントラストもわかりやすく、それでいて画としてワクワクできるものを重視して、緊張感を途切れさせないようなロジックを仕込んでいきました。
Q:個人的に『ヴィレッジ』(23)、『パレード』を経た『青春18×2 君へと続く道』から藤井監督の“抜け感”がより強くなった気がしています。エンタメ性にも通じる「より多くの誰かのために」という意識が増した部分に関して、ご自身の体感としてはいかがですか?
藤井:偶発的なものかと思いますが、自分が生きてきた中で用意されてきた場がそうなってきているのかもしれません。いま半径5メートルの登場人物しかいないような映画を撮ったら、この対話からは離れていく作品になるかと思います。僕発信というより、チャンスを下さる方々がそう見ているのかもしれませんね。独りよがりに自分で“場”を設定するより、観客との接地面をもっと考えた作品作りをしないといけないと明確に思ったのは、『正体』からになります。
5月に公開された『青春18×2 君へと続く道』は自分の中でもっと探求心が強く、自分が未開拓の地の興行を狙うというチャレンジでした。結果的にはうまくいったけれど、次はうまくいかないかもしれませんし、今年の2月に配信された『パレード』で半径5メートルの話を自由に作れたのは、Netflixさんのおかげです。ただおっしゃるように、求められる場が変わってきている実感はあります。
『正体』(C)2024 映画「正体」製作委員会
Q:より広いレンジを狙っていく際に、演出のアプローチなどは変わっていくものでしょうか。
藤井:リズム感の調整はあれど、基本的に「人を撮る」部分の演出自体は変わりません。雪を降らせたり爆破したりといった部分の規模感は変化してきましたが、インディーズ時代から被写体に対しての演出は大差ないかと思います。ただ一つあるとしたら、劇場映画と配信では観るルールが全く違うため、意識は明確に変えています。配信であれば途中で離脱する方もいるでしょうし、劇場映画だったら最後まで観終わった後に感想を言われることになるかと思いますから。
また、脚本づくりにおいても「僕が好きなのはこっちだけど今回はエンタメだから封印しよう」という選択肢はありませんでした。誰と組むか等は意識しつつ、そのうえで自分が見たいものを作り、テンポ感を調整するといいますか。『正体』はこの原作があって助かった!と思う瞬間も多々ありました。自分だったら思いつかないような要素も多くありましたから。