出来事に対して誠実に描いた先に、本物感が宿る
Q:『正体』の原作では鏑木/那須がマンションから飛び降りるシーンで次の章に移りますが、映画では飛び降りた先をワンカットで描いていますね。
藤井:重要なのは、やはり追体験です。小説だとうまく成立しても、実際にその通りに撮ると「飛び降りてどうなったの?」と思ってしまうはず。マンションから飛び降りて道路を走って川に逃げる――といったような逃走経路を検証しているうちに「ワンカットで撮りたいな」という想いが生まれてきてしまうのです。そして「ここはワンカットでいきます」と言った瞬間、スタッフがざわつくという(笑)。
映像的なチャレンジを諦めたくないですし、『ヴィレッジ』を経て撮影の川上智之のポテンシャルも十分わかっていましたし、逃げる際の身体性をちゃんと映像に収めたいという想いもありました。そこで鏑木の必死さを刻み付けることで、後々に効いてくるという算段もありました。
Q:藤井監督の作品の強みに“本物感”があるかと思います。冒頭の救急車のシーンはスタジオ撮影で実景と合成されているかと思いますが、この本物感はどうやって宿らせているのでしょう。
藤井:自分がそこに到達できているとはまだまだ思えませんが、誠実さは必要だと感じています。「鏑木はどうやって脱獄したのか」を警察OBの方々と検証した際、可能性はほぼなく、唯一あるとしたら救急車の中と言われました。そこでわざわざ救急車を呼んできて、医療班と刑務官の方にお話を伺いつつ「どう実現するか」を話し合って、カットを割ると嘘が増えるからやめよう、という結論に至りました。「劇中では雪が降ってるのにどうするんだ」という意見もありましたが、「どうしてもワンカットがいいんだ」とみんなで頑張りました。
『正体』(C)2024 映画「正体」製作委員会
Q:物語におけるリアリティに対して誠実でいる、ということですね。
藤井:「ワンカットで撮りたい」は僕のワガママですが、どういうことが起きているかを考えていくなかで、端折るものと端折っちゃいけないものの取捨選択をするのがディレクションの一つだと思っています。演じる俳優が嘘を感じないように、バレないようにするというのは場を作るうえで最も大事にしていることです。
Q:藤井監督は最新の配信作品を多くご覧になっていますが、映像的に何かインスピレーションを得られた出合いはありましたか?
藤井:『ムービング』(23 Disney+)は本当に興奮して、それに匹敵する作品にはなかなか出合えていないですが……。『暴君』(24 Disney+)を観て、パク・フンジョンはお洒落なノワールを撮るのがやはり上手いなと感じました。あとは『ダーク・マター』(24 Apple TV+)と『推定無罪』(24 Apple TV+)はストーリーも含めて面白かったです。『地獄が呼んでいる』(21 Netflix)のシーズン2も気になっていますし、意外なところでは『白と黒のスプーン ~料理階級戦争』(24 Netflix)には衝撃を受けました。劇場映画でいうと、今年はもう『シビル・ウォー アメリカ最後の日』に尽きるかと思います。ジェシー・プレモンスが演じた赤サングラスの男が夢に出てくるぐらい、痺れました。