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『ベイビーガール』ハリナ・ライン監督 これは“欲望”の映画ではない【Director’s Interview Vol.480】
名優ニコール・キッドマン主演、A24史上もっとも挑発的といわれるエロティック・スリラー映画『ベイビーガール』には秘密がある。公私ともに充実した女性CEOが、若いインターンと出会ったことから隠された欲望をあらわにしていく物語は、なんと「欲望がテーマではない」というのだ。
監督・脚本は、映画・ドラマ・舞台などで俳優としても活躍するハリナ・ライン。「90年代のセクシーなスリラー映画が大好きだった」という彼女が、自分なりの想像力を駆使しキッドマンのために現代のエロティック・スリラーを書き下ろした。性的嗜好、テクノロジー、舞台芸術、ふたりの男。作品の細部に込められた真意と、自身が創作にかける思いを聞いた。
『ベイビーガール』あらすじ
NYでCEOとして、大成功を収めるロミー(ニコール・キッドマン)。舞台演出家の優しい夫ジェイコブ(アントニオ・バンデラス)と子供たちと、誰もが憧れる暮らしを送っていた。ある時、ロミーは一人のインターンから目が離せなくなる。彼の名はサミュエル(ハリス・ディキンソン)、ロミーの中に眠る欲望を見抜き、きわどい挑発を仕掛けてくるのだ。行き過ぎた駆け引きをやめさせるためにサミュエルに会いに行くが、逆に主導権を握られてしまい…
Index
現代社会が示唆する「抑圧」
Q:現代のエロティック・スリラーを構想するうえで、大企業を舞台に選んだのはなぜですか?
ライン:#MeTooムーブメント以降、職場におけるセクシュアリティはアメリカ最大のタブーのひとつ。権力やセックス、コントロール、ジェンダーを描くため、オフィスを舞台にしようと思いました。この映画はファンタジーでありおとぎ話ですが、私たちの内面にある暗い傾向に光を当てたかった。男性の権力者と若い女性という組み合わせは過去の映画で数えきれないほど見てきたので、女性のCEOと男性のインターンという形に入れ替えれば面白いと思ったのです。
Q:ロボット・オートメーション企業を選んだ理由も気になります。
ライン:この映画は誰もが抑圧し、恥じているもの――すなわち人間の獣性や動物性、原始的な側面を描いています。それらは、特に女性がなかなか受け入れにくいものですよね。ロボット工学とは、ある意味で究極の抑圧。ロミーは人間ではなくロボットになることを夢見ているのです。自分を究極的にコントロールすれば、より良い存在になれると思っている。彼女はカルトの共同体に生まれ、おそらく反ロボット・反機械の考え方で育ったのでしょう。それに対する彼女の答えが、「ボトックスを注入し、セラピーを受け、ロボットのごとく完璧になれれば、たとえ人間的でなくとも幸せだ」という考えです。真実はその真逆なのですが……。
『ベイビーガール』© 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
Q:ロミーの背景には、社会構造よりも個人的な抑圧があるということですね。
ライン:はい、彼女の生育環境が原因です。彼女は1960年代に性の革命(セックス・レボリューション)のもと、愛だけがあり境界線のない環境で育ちました。その環境は、無数の境界線を引かれ、たくさんの制限を受けるのと同じくらい虐待的だったのだと思います。カオスのなかで成長してきたからこそ、ロミーは完璧なコントロールを目指すのです。彼女はあらゆるものを支配したいし、同時に支配されたい、罰されたいとも考えている。映画の冒頭でロミーはポルノを見ながらオーガズムに達しますが、それは彼女が「自分はこうであるべき」と望んだもの。ロミーはすべてを構造化し、自分で決めているのです。