主人公フキを鈴木唯に寄せていった
Q:フキを演じた鈴木唯さんの瑞々しさや存在感に驚きます。キャスティングの経緯を教えてください。
早川:唯ちゃんは、日本大学芸術学部の学生だった高田恭輔監督が撮った『ふれる』(23)という映画に主演していました。それをたまたまプロデューサーたちが観ていて、「この子、フキに良いんじゃない」と推薦してくれたんです。私も映画の審査でその作品を観たことがあったので、「では一度オーディションに来てもらいましょう」と、最初の1人目としてお会いました。とにかくすごく魅力的で、「彼女がいいな」と直感的に確信したのですが、なにせ1人目だったので判断が難しかった。もともとは、フキが見つかるまで妥協せずに探そうと、それこそ何百人と会うつもりで既に募集もかけていたので、その人たちにも会ってから考えることにしました。それで一通りオーディションしたのですが、「やっぱり唯ちゃんだね」となりました。
Q:唯さんに何か感じるものがあったのでしょうか。
早川:唯ちゃんってずっと喋っているんです。こちらが話しかけても、予想した答えとは全く違うリアクションが返ってくるし、喋ったり、動いたり、絵を描いたりしている姿に目が離せない魅力がある。主人公をただただ見ていたいという映画が、物語が多少まずくてもそれだけで成立してしまうように、彼女はその力を持っていると感じました。
Q:確かに映画の中でも動き回っていた印象があります。唯さんに会った上で脚本に反映したことなどはあったのでしょうか。
早川:いっぱいありましたね。フキを唯ちゃんに寄せていく形で、どんどん脚本を変えていきました。
Q:フキが馬の鳴き真似をするシーンがありますが、それも唯さんから反映されたのでしょうか。
早川:オーディションで「特技は何ですか」と聞くと、いくつか動物の名前を挙げて鳴き真似が得意だと言ってくれたので、「じゃあ猫をやって」とお願いしたら、「うーん…、オススメは馬です」と言うんです(笑)。そういう返事をするところも面白いのですが、馬の真似をする人なんて初めて見たし、しかもすごく上手。もう胸を掴まれてしまいました。馬の鳴き真似はその日のうちに脚本に入れましたね。
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Q:演技をしているのを忘れるくらいにフキの佇まいが自然ですが、演出するにあたり唯さんにはどのようなことを話されたのでしょうか。
早川:自分がどういう映画に関わるのか、彼女には知る権利があると思ったので、最初に脚本はお渡しました。ただし「読むのは一度だけでお芝居の練習はしないでください」と併せてお願いしていました。あとは撮影に入る前に何度かお会いして、共演者とゲームや話をしつつ、その流れでリハーサルを行ないましたが、役についての詳細な説明や要望は特に伝えませんでした。
私が何も言わなくても、唯ちゃんはああいうお芝居ができてしまうんです。私は演出らしい演出をあまりしておらず、「ここで立って、あっちに歩いて」と動きの指示をしたくらいです。どういう表情をしてほしいとか、どういう言い回しをしてほしいなどはほとんど言っていません。ただ、それは唯ちゃんだったから出来たことであって、もし違うタイプの子だったら出来なかったかもしれません。たまたま、唯ちゃんはそれが天才的にできる子だった。
Q:指示をあまりしないことは、オーディションのときから決めていたのでしょうか。
早川:私自身初めて子役と一緒に映画を作るので、監督がちゃんと導いてあげなければと最初は考えていたのですが、唯ちゃんはいとも簡単に演じてしまう(笑)。それがリハーサルの段階から徐々にわかってきたので、「この子には何も言わなくても大丈夫だな」と。もはや任せてしまった部分もあり、だいぶ唯ちゃんに頼っていたところがありますね。